目に見えぬ歪み三 話
中忍になって間もない頃、任務地で上司に抱かれたことがある。 彼は優しかったけれど、痛みとショックでしばらくは口もきけなかった。肝心の任務での自分は、随分と役立たずだったろう。 それからは、幸いそういった役目が回ってくることもなく、やがてアカデミーの教師として里内に留まる生活が始まった。 退屈なほどの平穏。 その間、惹かれる相手がいないわけではなかったけれど、たった一度の経験の記憶が消せずに、どうしても誰とも一線を超えることができなかった。去っていく恋人を繋ぎ止める為の言葉も見つけられず、ただ彼女たちの背を見送った。 だから、後にも先にも、他人と交わったのはあの時一度きりだったのだ。 「どーも初めまして。はたけカカシと言います」 耳に快い声だと思った。 先日卒業していった元教え子たちの、上司となるひと。高名な忍。『写輪眼のカカシ』。 顔のほとんどを覆い隠した怪しげな風貌にも拘らず、イルカは一目で彼に好意を持った。彼になら、ナルトやサスケのような特殊な事情を持った子供たちも、安心して任せられる。 「初めましてッ、うみのイルカと申します! 子供たちのことをよろしくお願いします、はたけ上忍!」 差し出された手を握り返して、同時に大きく頭を下げる。すると、カカシが可笑しそうにクスクスと笑い出した。 握手をしながらお辞儀をするのは変だったか、と慌てて姿勢を正し、照れ笑いを浮かべて誤魔化す。 「ははは、面白いひとですね、イルカ先生って」 唯一窺える右目が優しく細められ、「ま、これからよろしくお願いしますね」ともう一度しっかりと手を握られる。 その後、何を気に入られたものか、彼は時々イルカを食事に誘うようになった。受付業務に就くイルカに報告書を渡す時に声をかけ、イルカの仕事が終わるのを待って二人で出かける。 アナタとの食事は楽しいです。そう言って笑うカカシが嬉しかった。 他の上忍のように驕ったところもなく、一介の中忍である自分に気さくに接してくれる彼への好意が、別のものに変わるのに然して時間はかからなかった。 イルカ先生、と呼ぶ彼の声が好きだった。 それから握手を求めた時に、わざわざ手甲を外してくれた意外な繊細さ。綺麗に整えられた指先。じゃあ、と去っていく猫背気味の背中は広くて。 何度も見送ったその後ろ姿をいつものように見つめながら、不意に湧き上がってきた感情に、イルカはギョッとした。 ――――何だよ俺、抱きつきたいって! 驚愕、困惑、動揺。自分にはそのような嗜好はなかったはず。確かに男としか肌を触れ合わせたことはないけれど、たった一度、しかも任務でのことだ。 確かに、彼は素晴らしい忍であるけども。優しくて強くて、食事の際に垣間見れる素顔は美形と言って差し支えないほど整っていたけれど。 そんなはずはない、何かの間違いだ。何度そう言い聞かせても、日に日に強くなる彼への想いは、やがて否定しようのないほどに膨らんで。 自覚せざるを得なくなったイルカは、次にその想いに怯えた。 耳にしたことのあるカカシの色事に関する噂は、どれも美しい女性が相手であり、その上商売女以外とは決して関係を持たないというものだ。長期の戦任務の時でさえ、男はもちろん、くのいちにも手を出したことがないと言う。 このような自分の邪な気持ちを、カカシにもしも知られたとしたら……? 優しく見つめてくれる彼の眼差しが侮蔑の色に染まるのを想像し、イルカはゾッと身を震わせた。 絶対に嫌だ。そんなこと、耐えられない! 何があっても、この想いは知られてはならない。結ばれることなどあり得ない、報われない恋だけども、それを捨てられないなら隠し通すしかない。 カカシは、こんな面白味のない自分の何が気に入ったのか、たびたび声をかけてきてくれる。だがそこに色めいた意味など欠片も含まれていないのは、聡い方ではないイルカにも判った。 嬉しさと切なさを押し隠し、イルカは彼に誘われるたび何でもない振りを装って頷く。 上忍と中忍という階級の違いはあったが、友人と呼んで差し支えない関係を築けたと思う。もう、それだけでいい、充分すぎる。 彼の『特別』の中に、友人としてでも自分が在ることが嬉しいと、今では純粋にそう感じることができた。 まずいところで会った、と思った。 残業をしてのアカデミーからの帰り道で、明らかに任務明けのカカシと鉢合わせた。まだ返り血も落としていない、汚れた格好のまま。 普段の彼ではないことは、すぐに判った。イルカを見据える眼差しが、どこか冷たいとさえ感じられる。 逃げろ、と頭の中で警笛が鳴る。今の彼はヤバイ、さっさとここから離れろ、と。 だが、イルカは後退ろうとする両足を踏ん張ってその圧迫に耐え、もはや繕う必要もないほどに馴染んだ作り笑いを浮かべて彼を労った。 ――――――背中の痛みに我に返った時には、地面に仰向けに倒れた自分の上に、カカシが乗り上げていた。 いつもと違う彼は、いつもならばあり得ないことに、イルカに欲情しているらしい。 同僚に聞いたことがあった。戦任務明けは特に、身体の熱を押さえられないことがあると。カカシが向かっていた先は、おそらく色街。 誰でも良かったのだと、偶々そこにいたのが自分だっただけなのだと、ちゃんと判っている。 ただ一夜の夢でも良かった。 カカシと身体を繋げたい。これまで、故意に目を背けてきた願いが、今なら叶うのだ。そうすることができたなら、その記憶を大事に抱えて、これからも密かに彼を想い続けていけるから。 決して口にしない想い。 余裕のないカカシが愛しくて、そんな彼に気を遣わせたくなくて平然としている振りをした。愛しさが溢れて、意識しなくとも笑みが零れる。 キスを躱したのは、彼に告げたような大層な理由からではなく、くちづけられたら押さえ込んだ想いが溢れ、精一杯の虚勢が剥がれ落ちてしまいそうだったからだ。 カカシはイルカの言葉を聞かず、無理矢理に塞がれた唇に、胸が震える。これは『任務』なのだと言い聞かせるために、彼の名を呼んだ。 「はたけ上忍……!」 入り込んできた舌に、思わず歯を立てる。口の中に広がる鉄の味。カカシは気にした様子もなく、イルカの口腔内をしつこいほど舌で探り、貪った。 唇が離れ、口にしかけた謝罪の言葉を遮ったカカシに命じられるまま、身に着けていた衣服を落としていく。 口淫を迫られ、目の前に突きつけられたモノに、イルカはコクンと喉を鳴らした。言われるがまま裸体を曝し、男の性器を口に含んでいる自分の姿を思い描けば、ただ醜悪なだけのそれに羞恥よりも吐き気を覚える。それでも、目の前にあるのは恋しいひとの一部で。 自分のモノとは色も形もサイズも違うそれ。既に天を向いたグロテスクな形状のものが、彼のものだと思えばとても愛しかった。 かつて泣きそうになりながら従った記憶を辿り、カカシ自身をゆっくりと口内に迎え入れていく。している行為は同じはずなのに、苦しくて堪らなかったあの時とは違い、ひどく幸せな気持ちでそれを口にした。 キスを拒んだくせに、駄目だと言えなかった。カカシを、気持ち良くしてあげたいと思ったから。 丹念に舐めたり吸ったりするうち、カカシの息がだんだんと荒くなり、やがて強引に頭を押さえ込まれたかと思うと口の中でソレが弾けた。 飲んだのは、半ば反射的なものだった。苦くてとても美味いとは思えなかったが、カカシが出したものだと思えば一滴たりと零すのが惜しくて、射精後も硬度を失っていないカカシ自身を丁寧に舐め清めた。 一度きりなら、何もかも味わい尽くして覚えておきたい。彼自身の熱も、硬さも、味も。すべて。 「もういい。……そこに四つん這いになって」 焦れたように手荒な仕種で引き剥がされ、苛立った口調で命じられる。示唆された体勢とその後に待つものを想像して息を飲んだイルカは、しかしすぐに従順に頷いた。 身を起こして、自分のものが緩く反応していることに気付き、俯けた顔が赤らむ。 カカシはキスの後、一切イルカに触れていない。愛しい人のものだとは言え、男の性器を口にして反応してしまった自分がひどくいやらしい存在に思えた。 追い討ちをかけるように、シーツに這ったイルカにカカシが嘲るような科白を投げつける。 「淫乱」 言葉とほぼ同時に、無理矢理広げられ露わになった後口に熱い塊が押し付けられた。そのまま、ぐぐっと力が込められ体内に押し入ってくる。 恥も外聞もなく絶叫を放ちそうになった。血が滲む程に唇を噛み締めて、上がりかけた悲鳴を殺す。 初めてではないとは言え、一度きり、しかも何年も前の経験だ。身体はすっかり痛みを忘れていて。 それでも、ここまで酷い苦痛ではなかったように思う。上司は、どうやら随分と優しくイルカを抱いてくれたらしい。 慣らされもせず凶器を埋め込まれたイルカの蕾は、加減なくぎゅうぎゅうと締め付けて異物を排除しようとしている。カカシの方も、少なからず痛みを覚えているはず。 それなのにカカシは全く構わず、ぐいぐいと容赦なく突き上げてきて、あまりの激痛にイルカは意識を失いそうになる。 必死に遠退きかける意識を繋ぎ止めながら、イルカは、勝手に溢れ出す涙を見られずに済むこの体位をありがたいと思っていた。
ちょっと長くなりましたが…えーと。 つまり、先に好きだったのはイルカ先生のほうだったわけですヨ。 カカシ先生は自覚も遅かったですが、 好きになったのも多分そんなに最初の頃ではないかと。 一目惚れタイプのイルカ先生と、気づいたら惚れてたタイプのカカシ先生。 イルカ先生は表面には出さず勝手に煮詰まってますが、 さてさてこれからどうなりますやら。 前半は表仕様ですが、後半が裏仕様なため裏にしちゃったです…。 '03.08.12up
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