目に見えぬ歪み

  二 話

 

 自宅に着くなり、靴を脱ぐのももどかしくカカシは寝室へまっすぐ向かい、ベッドの上にイルカの身体を放り出した。
 咄嗟に受け身を取るその上に、素早く覆い被さっていく。
「どうしますか。優しくしたほうがいい?」
 そんな余裕、どこにもないくせに。それを証明するように、逃すまいとするようにイルカの腕を拘束する手には、少しの加減もなく力が込められているのに。
 カカシの問いに、イルカはクスリと笑った。
「アナタのお好きなように」
 投げ遣りでも自嘲気味でもなく、さらりと言われた科白に胸が騒ぐ。
 慣れているわけではない、とイルカは言った。けれど、初めてだとは言わなかった。
 自分よりも先に、このひとを抱いた人間がいる。そう思うと、頭に血が上った。じゃあ、お言葉に甘えて。そう言って、イルカのベストのジッパーに指をかけた。
 ジイイイッ、と耳障りな音をさせて一気に下まで引き下ろす。パクリと前が開き、次いでアンダーの裾を掴み性急な手付きで鎖骨の辺りまで捲り上げる。
 カカシの余裕のなさが可笑しいのか、イルカはクスクスと笑っている。慌てなくても逃げやしませんよ、と差し伸べた手で幼い子供にするようにカカシの頭を撫でる。

 ――――どこが慣れてないって?

 自慢ではないが、色事にはそれなりに通じている。その自分を、子供扱いするような彼が、慣れていないだなんて。
 焦りのような気持ちが湧き上がってくるのを抑え、その唇を塞ごうと顔を近付けた。
「ダメですよ」
 触れる寸前で、手のひらでそれを遮ったイルカがにこりと笑う。
「どうして」
 苛立ち混じりに問えば、困ったような表情で諭された。里の中だからって、アナタは木ノ葉が誇る上忍なんですよ。
「俺は男だから、カラダに何かを仕込んだりすることはまずありません。でも、口の中ならばいつでも仕込めるんです。舌を噛み切ることだってできます。……危険ですから、俺でなくとも誰を相手の時でも、キスは控えて下さい」
 誰といる時でも、気を弛めるな、と。
 こんな言葉を、イルカの口から聞くとは思わなかった。これならば、好きな相手以外とキスはしたくない、と言われたほうが納得できただろう。
 カカシは唇と唇の間を遮るイルカの手を掴んで引き剥がし、強引にくちづけた。
「……はたけ上忍……!」
 咎めるように呼ばれ、一旦離した唇をますます強く押し付ける。開かれた口内に舌を差し入れ深く探る。その舌先に痛みが走っても、カカシは唇を解かなかった。
 はたけ上忍。
 出会ったばかりの当初、確かにイルカは自分をそう呼んでいた。
 カカシでいいです。そう言うと、少し照れたように頬を染めて、小さな声で「カカシ先生」と呟いた。
 改めて思い知らされた現実に、カカシは心臓を鷲掴まれたかのように胸が痛むのを感じた。
 多分、この部屋に連れ込まれた瞬間から、イルカは『任務』を遂行していたのだ。
 顔を上げると、口端から滴った血が、イルカの頬にぽたりと落ちた。カカシは少しの動揺も見せず、親指でぐいと汚れを拭った。噛みついたイルカのほうが、己のしたことに呆然としている。
「す、すみませんはたけ上………」
「やっぱり自分で脱いで、ぜんぶ」
「…………はい」
 手を解き身体を退かせて促せば、イルカは目を伏せながら立ち上がり、乱された服に手をかけた。
 アンダーの下、曝された肌は普段陽に当たらない所為か思っていたよりも白く、肌理も細かい。所々にある引き連れた傷跡が薄く浮び上がる様は、却ってカカシの欲情を誘った。
 カカシは思わずゴクリと喉を鳴らした。
 躊躇いなく最後の一枚まで脱ぎ捨てたイルカが、じっとカカシを見上げてくる。まっすぐ揺らがない眼差しから逃れるように、僅かに顔を背ける。
「横になって。……脚、開いて」
「はい」
 言われるがまま、イルカはベッドに横たわり、脚を大きく広げた。迷いのない仕種に、ジリジリと胸が焦げ付く。
 こんなふうに、一体何人の男を慰めてきたのだ。
 従わなかったなら腕ずくでも思うとおりにしたであろう自分を棚に上げて、素直に言いなりになっているイルカにどうしようもなく苛立った。
 抱きたい。メチャクチャに犯したい。優しくしたい。でも任務と割り切って身体を開くこの男を殺してしまいたい。
 ああ、何で今更こんなにこのひとを好きだなどと思うのだろう。
「先に口でしてよ」
 手早く前を寛げ、イルカの顔を跨ぐ。その目の前に既に硬くなっているモノを突き付けて命じると、イルカはそっとそれに舌を這わせてきた。
 ぴちゃり、濡れた音と柔らかな感触にゾクリと背筋が震える。ちゅっと音を立てて先端を吸った後、括れた部分までを銜え込んで唇で緩く締め付ける。
 巧い、と言うほどではないが、明らかに行為を知っている仕種だった。
 ちゅく、ぴちゅ…と淫猥な水音が響く。イルカは手を添え、下の袋も同時に刺激してきた。ただ濡らさせるだけのつもりだったのだが、どうにも堪えられそうもなくて、カカシはイルカの頭を押さえ込み、予告もなくその口内に精を放った。
「……ン、……ッ」
 苦しげな呻きに続き、ゴクリと嚥下する音。その喉がゆっくりと上下する。
 命じた覚えはなかったが、イルカは当然のように口の中に放たれた液を飲み干し、更に汚れたそれを丁寧に舐め取り始めた。
 どこか恍惚とした表情で己の股間に顔を埋めているイルカを見下ろしながら、カカシは乱れた呼吸を整える。
 この上もなくそそられる光景。しかし同時に、何よりも見たくなかった彼の姿だった。
「もういい。……そこに四つん這いになって」
 乱暴に髪を掴んで引き剥がすと、少しの間を置いてはい、と従順な答えが返る。
 躊躇って、というよりも先まで口にしていたものを惜しんでいるようだった。目に入ったイルカのモノが頭を擡げているのに、カカシは唇を歪めた。
「ほら、今度は下の口に突っ込んであげるから」
「は、はい……」
 促されるまま、イルカはシーツに両手と両膝を突いた。脚を開いて、カカシの行為を助けるように腰を上げて。
「慣らさなくても入りそうだね」
 アンタがこんな淫乱だったなんて、知らなかったよ。
 尻を掴んで割り開き、露わにさせたその狭間に再び熱を取り戻していた自身を宛がいながら、わざと貶める科白を吐く。
 ビクリと震える身体を押さえつけ、まだ硬く閉ざされた蕾を強引に開かせていく。
「ぅあ……ッ!」
 引き裂かれる激痛にイルカは背を仰け反らせ、その喉からは押し殺し切れない苦鳴が上がった。
 逃れようとしたのか何かに縋ろうと思ったのか、前方に伸び掛けた手をぐっと握り締め、必死に耐えている。
 引き攣る背を見て、可哀想だと思う。けれど同時に、彼を今支配しているのが他の誰でもなく自分だということに、カカシは昏い悦びを感じていた。
 上忍と中忍。欲しいのは、そんな薄っぺらな関係ではないから。

 傷つけて傷つけて傷つけて。

 

 ――――――そうしたらアナタは、『俺』を見てくれますか。

 

 

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次はイルカ先生サイド。
今現在全く掴めないイルカ先生ですが、
今度で色々判りますよ。はい。
つー訳で一旦表に戻ります、多分。
続けて裏だったら…まぁそれもアリということで(死)
しかし傷つけるためとはいえ、カカシ先生。
いきなり突っ込むのはどうよ…?(汗)
'03.07.27up