INSANE FEAST

  −3−

 

 カカシを好きだという人なら、何人も見てきた。
 噂では顔もいいらしいし、ルックスも腕もよく高名な元暗部の上忍と来れば、なるほどモテないほうがおかしいだろう。
 イルカがカカシを知ったのは、特に目をかけていた生徒の上忍師としてだった。同じ里の忍びとしてどうかと思うが、それまでイルカは彼のことを知らなかったのだ。
 だから肩書きだけを見て、最初はきっと高慢な人なのだろうと勝手に想像していた。三代目に特別に見せてもらった上忍師としての彼の資料で、ひとりの合格者も出していないということからも、信頼に足る人物なのかとの疑問もあった。
 けれど。
 どうせまたダメだろうと言われていた第七班は、周囲の予想を裏切り見事下忍となって。
 一介の中忍である自分に丁寧にあいさつをくれた彼のイメージが、イルカの中で一変した。
 話してみれば、気さくで話し上手で聞き上手。外見こそそのほとんどを額当てと口布とで覆い隠した顔が胡散臭いと感じたけれど、そんなことは抜きにして彼自身にイルカは惹かれた。
 里を、仲間を何より大切に想っているカカシ。下忍認定の判定が厳しいのも、無意味に殉職者を増やさないため。
 やさしくてあたたかくて、そして自分にも他人にも厳しいひと。
 カカシに憧れるひとは多い。その憧れが、いつしか恋愛へと発展することも少なくない。

 イルカも、そのひとりだった。

 

 

 一度だけ、カカシがくのいちから告白を受けているのを、偶然見かけたことがある。美人というよりは可愛らしいタイプの彼女は、顔を真っ赤にして想いを告げていた。
 だがそれに対し、カカシはイルカが見たこともないような冷めた目でこう答えた。
「悪いけど、俺、めんどくさい付き合いはしないから。ま、でも、性欲処理の相手でいいってんなら考えてやらなくもないよ?」
 くのいちは真っ赤だった顔を今度は真っ青にして、泣きながら走り去った。
 ひどいことを言う、と思った。そんな立場でもないのに、いますぐ彼を詰りたかった。
 しかし、彼女を見送るカカシの目が、一瞬辛そうに細められて。イルカは彼のやさしさを知ったのだった。
 わざと傷つけて自分を憎ませることで、彼女がきれいさっぱり恋心を消し去ることができるように。カカシは敢えて悪者になったのだ、と。
 調べてみれば、カカシは長期任務の際性欲処理用に宛がわれたくのいちとも一度も閨を共にしたことがないという。プライベートでも恋人がいたという話は聞かない。ほんのたまに、花街で姿を見かけたという者があるくらいで。
 任地で断られたくのいちたちは一様に、馬鹿にされたと憤っていたけれど。逆を言えば、カカシは欲を満たすために商売女以外を決して使うつもりがないということで。
 理由を直接訊いたら、ひどく驚いた表情を唯一窺える右目に浮かべたカカシは、困ったように後ろ頭を掻きつつ答えてくれた。

「くのいちは、慰安婦じゃないでしょう」

 同じ忍び、大切な同じ里の仲間。だから対等な存在であるはずだ、と。
 真摯で、誠実で、とても心のやさしいひと。そのやさしさを理解するひとがいないとしても。

 

 好きです、と告げた。
 非道い言葉は要らない、そんなやさしさをもらっても、自分には判ってしまっているから。カカシを憎むことも恨むことも、諦めることも出来はしないから。
 絶対に拒まれると思った。自分は彼にとてもつりあわないほど、ただ平凡なだけの存在で。なのに。

「俺の『本当』に気づいてくれたのは、気付いてほしいと思ったのは、アナタだけです」

 ――――ずっと好きでしたと、抱き締められた。
 決して思わせぶりなことをしないカカシが、頻繁に自分を誘ってくれた意味に、ようやく気付く。
 夢のようだと思った。
 何よりも里を愛しているカカシ。イルカと里とを天秤にかければ、きっと迷いなく里を選ぶのだろう。そうと判っていても。
 これまで特別な相手を作ろうとしなかったカカシが、自分を望んでくれたのなら。
 里の次でもいい、そう言ったイルカに、カカシは穏やかに笑んで、
「アナタのいる場所だと思えば、これまで以上に里を愛せる。アナタと里を分けて考えるなんて無意味なこと、止めてください」
 そんなふうに甘く囁いて、イルカをより彼に溺れさせた。
 そのひと言で、どんなことも耐えられると思った。周りのあからさまな嫉妬の目も聞こえよがしな嫌味も、ささやかな嫌がらせも。
 カカシといるためならば、どんなことでも。

 

 

 

 

 どうやら意識を失っていたらしい。
 イルカは瞼を開け、変わらずその視界が闇に覆われていることに、ふと自嘲した。悪夢は、悪夢ではなかったらしいと、そう知って。
 見えないのでは開けている意味がない。イルカは再び目を閉じ、冷静に状況を判断する。
 意識を失う前と同じく両手の親指は特殊な糸で括られ、さらに両腕は頭上で固定されていて動かせない。両足はいわゆるM字開脚の姿勢で、それぞれ太腿と足首とをロープのようなもので縛られてしまっている。拘束に使われているどれもが特別製らしく、引っ張ったくらいでは千切れそうにない。声は出るが、舌が痺れていて言葉にはならない。
 全裸のままだったが、汚れは残っていなかった。親切なことだと、他人事のように思う。
 これでも中忍。こんなことくらいで平静さを失くしたりはしない。
 自力で逃げるのは不可能。ならば、スキを探すか助けが来るのを待つしかないだろう。少なくとも三日すれば、カカシが帰ってくる。
 カカシのことを想っているらしい男が、それまでのんびりとイルカを囲っておくはずはない。そして、男が殺すつもりならば既にイルカの命はなかったはず。
 ―――殺されないなら、いいか。
 半ば投げやりにそう思い、イルカは全身の力を抜いた。忍びとしての能力の差は歴然。無駄に抵抗して相手を逆上させては、生き残れる可能性が低くなる。ほんの二、三日のことだ。何があっても耐え抜いてやる。
 と、カチャリとドアの開く音が聞こえた。入ってきたのは、複数のまだ未熟なチャクラ。子供、ではない。おそらく――下忍だ。
 イルカは身を強張らせた。男の気配は感じられないが、そこにいるのに違いない。

「へえ〜、ホントにイルカ先生じゃん」
「すっげえ格好♪」

 下忍と思われるチャクラの持ち主たちが、ひどく楽しげに言う。男の狙いが判って、イルカはわずかに顔を青褪めさせた。
「マジで俺らの好きにしちゃっていいんですか?」
「ああ。ただし二日だ。死にたくなければ、それまでに消えな」
 笑いを含んだ声に、了解、と三人分の声が応える。
 イルカは唇を噛み締めた。自分よりもはるかに力の劣る者たちの慰み者にされるのだ。見えなくとも、男たちの好色な目が自分に向けられているのを感じる。――――汚らわしい。
 男は低く笑い、そしてドアが閉まった。それを合図に、三人がイルカに手を伸ばしてきた。

「うみの中忍。今日から二日間。俺らの公衆便所になってくださいね」

 ――――目の前の闇が、深くなった気がした。

 

 

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四話目だけど、『3』です(しつこい…)。
裏に置く意味がよく判らないお話。閑話休題ってか。
ここからイルカ先生視点で…。
あーやっと書きたいシーンが書けた…!(伏線のひとつ)
ちなみに下忍たちのところではありません。
誠実で紳士(真摯)なカカシ先生が好きです!!
ヤリチ○なカカシ先生も大好きですが!(最悪)
すっかりカカシスキーな桃木は、
ぶっちゃけ受々しいのでなければどんなカカシ先生もOKです♪
鬼畜も紳士もヘタレもどんと来い!(ヘタレは、私にはギャグしか無理ですが)
'06.12.18up


 

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