たったひとり

〜2〜



 綺麗なひとだな、と思った。
 顔なんかほとんど隠れているからよく判らないのだけど、輪郭から整った顔立ちをしているだろうことは判った。癖の強い髪は銀色で、日の光にキラキラしている。

「いい生徒を持ちましたね。教えがいがありそうですよ」

 にこりと見えている右目を細めながら言われ、顔が赤くなった。
 嬉しかったのももちろんだけど、それだけじゃなくて。
 優しげな低音の声、差し出した手を取ってくれたときに、わざわざ手甲を外してくれた。エリートだなんていうから、もっと気難しそうな、あるいは嫌味なひとかと思ってたのに。驕ったところなどなく、それどころか。
 特に気にかけてる元生徒であるナルトの上司がいいひとなのが嬉しい。
 優しい言葉をかけてもらえたのが、嬉しい。
 最初から綺麗なひとだと思っていた。たぶん、ほとんど一目惚れだったんだと思う。
 里の誇るエリート上忍・はたけカカシ。
 ただ遠い存在と思っていた彼に、俺は同性でありながら恋心を抱いてしまったのだった。

 

 目線の先、美女に囲まれる彼がいる。
 くのいちであろうその女性のひとりが何かを言い、彼は目を細めて頷いた。
 この後、みんなで飲みにでも行くんだろうか。男は彼のほかにも二名ほどいたが、どう見ても彼女たちの目当ては彼ひとりだ。
 いつもいつも、彼には女性の影と華やかな噂が付きまとう。見かけるたびメンツが違うので、誰が本命なのかは判らないけれど、少なくとも俺みたいなむさくるしい男が近づけるようなひとではないだろう。
 顔を合わせれば必ず声をかけてきてくれる、それだけでも贅沢すぎるくらいだ。
 最初から、叶うはずもない恋。
 切なく溜め息をつき、抱えていた巻物に目を落とす。と、背後からひょいと伸びてきたおおきな手が、両手いっぱいの巻物の中から一本を抜き取っていった。
「! あ、アスマさん……」
「シケた面してんな。これから暇か? 飯でも食いにいかねえか」
 顎に髭を蓄えた大男が、タバコをくわえたまま言い、笑う。
 以前から親しくさせてもらっている上忍の猿飛アスマ先生だ。いまはカカシ先生と同様に、俺の生徒だった下忍たちを担当している。
 知り合ったのはもう十年以上昔。九尾の事件で両親を亡くした俺が一時世話になった火影様の館で出会い、それからずっとの長い付き合いだ。
 アスマさんは、俺の気持ちを唯一知るひとだ。その無駄に―――というと失礼かもしれないが―――長い付き合いの所為か、単に俺が読みやすいのか、あっという間に想いを見抜かれてしまった。
 彼と同じ上忍であるアスマさんは、彼ともそれなりに親しかったので、以来甘えていろいろな話を聞かせてもらっている。
 報われなくてもいい、彼のことをもっと知りたかった。
 任務での彼の活躍、普段のすこしぼんやりした彼、甘いものはあまり好んで食べない、など。
 自覚はないがそうとう幸せそうな顔をしているらしく、話の途中でよく「こっちが恥ずかしくなる」とからかわれた。
 ナルトたちの中忍試験推薦の話をめぐって言い争ったりもしたけれど、昨日、彼の考えが正しかったと判ってから謝りに行ったら、笑ってくれた。
 自分の非を認めて謝罪が出来るアナタはすごい、そう言って、「こちらこそ言葉が過ぎてすみません」と頭を下げてきたのでこっちが慌ててしまった。
 上忍なのに、中忍の俺にそんなふうに頭を下げられるなんて、彼のほうがすごいと思った。そして俺は、ますます彼のことを好きになってしまったのだ。
 好き、なんて告げられない。その他大勢のひとりでもいい、あの笑顔を、優しい声を失いたくなかった。
 だってこの想いが叶うなんて、万にひとつもあり得ないじゃないか。
 だからアスマさんから彼の話を聞き、彼をひとつずつ知っていくことが出来る、それだけでも充分すぎるくらいに幸せなんだ。
 アスマさんの誘いに頷き、ついでに子供たちの様子も聞こう、と思った。最終試験に残った奴らは、きっと頑張って修行に励んでいるのだろうから。

 彼がサスケに修行をつけているらしいと知ったのは、次の日。
 ラーメンをねだりに来たナルトに、ひどく不満そうに教えられたのだった。

 

 

 

 最終試験の最中、音と風による襲撃に遭い、三代目は大蛇丸との戦いで命を落とした。
 三代目は、俺にとっては恩人だった。教師になる道を示してくれたのも、あの方だ。皆の手前、子供たちの手前、葬儀では平静を装っていたけれど、ソレは呆気なく崩れ去った。
 俺の後を追ってきたアスマさんの、「大丈夫か」、そのたった一言で。
 泣き崩れる俺を抱きとめてくれる、アスマさんの広い胸。昔、何度もこんなふうに抱かれたっけ。あの頃はさすがにアスマさんも、いまみたいな大きな身体じゃなかったけど。
 そんなことを思い出しながら、溢れるままに涙を流していたら、アスマさんが不意に言った。
 え、と間抜けな声が漏れた。いままでに、アスマさんがこんなことを言ったことなんてなかった。応援してくれてるとまでは思ってなかったけど、でも。
「……アスマさん……?」
 俺は呆然と、アスマさんの苦々しげな表情を見上げた。
 聞き違いじゃない。
『もう、カカシのことは諦めろ』――――アスマさんは確かにそう言ったのだ。

 

 

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続きです。
今回はイルカ先生サイド。
見事に擦れ違ってますね(苦笑)
アスマ先生が重要なポジションにいます。
アスマ先生、大好きなんです…(死)
てゆーか何とかなるんかなこのふたり(^^ゞ
'05.05.16up


 

 

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