たったひとり

〜1〜



 すごいな、と思った。
 初対面でも判るくらい、全身から"善いひと"オーラがでてるなんて、忍びでなくともそういるもんじゃない。
 穏やかそうに笑って挨拶をしてきたひとは、俺が担当する下忍たちを「教えがいがある部下」と褒めると、ぱあっと表情を輝かせた。
 やさしそうな笑顔が子供っぽい満面の笑みになり、落ち着いた耳障りのよい声が高く弾んでボリュームが心持ち上る。俺とそう変わらない年齢かと思ったが、もしかしたらもう少し若いのかもしれない。
 ヘンなひとだ。中忍で、ひとを教える立場にあるとは思えないぐらい、彼はあどけない表情を見せる。それも、初対面の俺に対してまで。こんなひと、見たことがない。
 彼・うみのイルカを意識するようになったのは、それからだ。

 

 最初はただ興味があっただけだった。この無防備なひとが、一体どういう経緯で忍びになったのか。こう言っては失礼だが、どうやって中忍に、しかも教師になれたのか。
 だが調べていくうち、妙な感情が芽生え始めた。
 実際うみのイルカというひとは、第一印象そのままのひとだった。子供が好きで、子供に好かれ、教師という仕事はまさに天職と思われた。
 彼は雑務も嫌いではないらしく、また見たとおりの生真面目な性質で、頼まれごとにも嫌な顔ひとつせず、何でも丁寧に、それでいててきぱきとこなす。ちょっと、いやかなりお人好しだ。
 といって、いつでも笑顔というわけではない。それでも彼のくるくると良く変わる表情は、常に周りを和ませている。
 意外と優秀であるらしいとか、高ランクの任務もこなしているだとか、そんな情報は関係ない。ただ、彼はそんなことでは変わらない毅いひとなのだろう。
 やさしいひと。
 それでいて毅いひと。
 頻繁に彼の姿を見かけるようになり、見かければ目で追うのを止められなくなった。頭の天辺で無造作に括られた髪の毛の尻尾を、つい追ってしまう。
 用もないのに呼び止めて、不思議そうな彼に慌てたことも一度や二度じゃない。
 ただの好奇心が、いつの間にか"恋"へと形を変えていたことに気づいたのは、彼を知ってひと月も経たぬうちだった。
 そしてその事実をまったく否定しようとせず、むしろ当たり前のことのように受け止めている自分がいる――――。

 

 まるで観察するように彼を見つめ続けているうち、判ってしまったことがある。
 誰に対しても裏表なく接する彼だったが、その中でもやはり特別というのは存在する。
 ひとりは、俺の部下であるナルト。名を出すだけで嬉しそうに笑うから、なんとなく話題といえばナルトをメインにした子供たちの話になる。顔を合わせるたび彼が聞きたそうにするから、結構話をする割には互いのことは知らなかったりする。俺としては、それがすこし不満だ。
 そして、もうひとり。
 ――――ああ、なんで気づいたりしてしまったのだろう。
 いつも明るくてまっすぐで正直な彼が、おそらく唯一本当に"素"をさらけ出せる相手。ふざけて怒って見せたり、少女のように頬を染め花が綻ぶような微笑みを向ける、ひと。
 彼の頭を撫で、やさしげに笑う、それは――――俺の友人でもある猿飛アスマだった。

 

 

 

 三代目の葬儀の後、彼の尻尾を見かけた。気丈に振る舞っていた彼のことが気にかかっていた俺は、声をかけようとそちらに足を向けて。
 後悔した。
 幼い頃両親を亡くしたという彼にとって、三代目は保護者も同然。三代目もまた、彼のことは特に気にかけていて、傍目にも大事に想っていたのは判った。それだけにその悲しみは俺なんかの比ではないだろうと思われた。
 それでも、葬儀の間、涙ひとつこぼさなかった彼。
 彼はひとりではなかった。彼の頭を撫でるのは見慣れた大きな手。震える身体を縮こまらせて、広いその胸に顔を埋めている。彼を見つめるまなざしは、慈愛に満ちたもので。
 そうか。彼は、アイツの胸で泣くのか……。
 決定打。いままで気のせいだと、何かの間違いだと自分を誤魔化してきた。でももう誤魔化しきれない。
 はじめて心から欲しいと願ったあのひとは、とっくにアイツのものだったのだ。

「告白する前に振られちゃったよ」

 呟いて、笑ってみるが、その声は我ながらみっともないほど乾いて、掠れていた。

 

 

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輝夜様からリクエストいただきました。
すれ違うカカイル。
切ないお話を目指しますが…さて?
このリク内容で、一話で片づけるのはキツイですよ〜(^_^;)
何とか、三〜四話で終わらせます!
とりあえず、リクありがとうございました。
もう少しお付き合いください〜m(__)m
'05.04.25up


 

 

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