目に見えぬ歪み五 話
気付けば窓の外は白んでいて、身の下にはイルカがぐったりと横たわっていた。見下ろしたイルカの下肢は、白濁と血に塗れていて。 青褪めた顔でピクリとも動かないイルカに、カカシは慌てた。 こんなふうにするつもりじゃなかったのに。 「……イルカ、先せ………」 肩を掴んで揺すると、うつ伏せたままのイルカが微かに呻き声を漏らした。一晩中カカシに嬲られ続けて、疲れ果てて意識を失ったらしい。 紅い頬に、涙の跡。呼吸が荒い。手のひらで触れた首筋は熱く、発熱していることが判った。無理もない、加減など欠片も出来なかったし、しようとも思わなかった。 普段女二、三人に対して発散させていたものを、彼一人にぶつけたのだ。いくら彼が男で、忍でも、いやだからこそその身にかけられた負担は相当なものだっただろう。 カカシは弾かれたようにイルカから離れた。 ベッドから落ちていた布団を引っ張り上げて全裸のままのイルカを包み、下着だけを身に着けた格好で―――知らぬ間に衣服を全て脱ぎ捨てていた―――、洗面所へと向かう。 洗面器とタオルを持って今度はキッチンへ行き、冷凍庫から氷を取り出すと水を張った洗面器に、ガラガラと音を立てて氷を放り込む。 すぐに寝室へ取って返し、仰向けにさせたイルカの身体を清め治療を施して、冷水に浸した濡れタオルを額にそっと乗せる。 何をやっているんだ、と思わないでもない。 だけど本当に、こんなふうにしたかったわけじゃない。大切に優しく抱いてあげたかった。 実際に彼に対してした仕打ちを責められれば、返す言葉もないけれど。 体内で暴れていた熱はもうすっかり鎮まって跡形もなかったけれど、いつものようにすっきりとしない。今カカシを支配する感情は、後悔と罪悪感、そして自己嫌悪だった。 慣れていようが慣れていなかろうが、例えイルカ本人の合意を得ていても、自分のしたことは最低だ。判っている、それでも。 「これからもアナタを抱きたい、だなんて……許されるわけ、ないよな……」 自嘲する。 苦しげに寄せられた眉の上に零れた髪を、伸ばした指でそっと掻き上げてやる。そのまま髪を撫で付けるように頭を撫でると、ふ、とイルカが小さく息を吐いた。 許されるわけがない。イルカは、自分を酷い男だと思ったろう。途中、何度ももう許して、と繰り返していた。 今更彼によく思われようなどと、虫が良すぎる。それでも彼を手放したくないのなら、そのための手段はたったひとつ。 「またヤらせてよ」 目を覚ましたばかりのイルカは、カカシの言葉をぼんやりと受け止めていた。徐々に意識がハッキリしてきたのか、その目がゆっくりと見開かれていく。 「………何、言って……」 「あんた、意外と具合よかったからさ。男だし、面倒臭くないし。毎回色街じゃ無駄に金ばっかかかるしさ」 痛みに耐えるかのように、イルカの顔が歪む。酷いことを言っている自覚はもちろんあった。 だけど欲しい。傷つけて、傷付いてでもアナタを俺のものにしておきたいんだ。 カカシは感情を悟られないよう、目を細めた。 「言っとくけど、アンタに拒否権はないよ。これは命令。俺がヤりたいと言ったらどこででも股開くこと。けど俺、自分のモンが汚れるの我慢できない奴だから、俺が飽きるまでは溜まっても他の男咥え込まないでよ?」 スキモノのアンタには辛いかな、なんて嘲笑して見せて。 「……………判り、ました………はたけ上忍」 絶望の色を浮かべた瞳を揺らしてカカシから目を逸らしたイルカが、やがて力なく応える。 男としての矜持をズタズタにする命令を、受け入れる。上忍と中忍、なんて階級差をこんなにも露骨にハッキリと突きつけたのは初めてだった。 イルカを手に入れたくて足掻けば足掻くほど、望まぬ形に歪んでいく関係。 ああ、でも。 これでアナタは俺のもの。 最初にこの行為を了承したのは、一度限りと思ったからだろう。多少のことは覚悟していただろうが、あそこまで暴力的にされるとは思っていなかったに違いない。 彼が決して慣れていたわけではないことは、あの夜抱くうちに気付いていた。始めのうちは抑えられていた声も、途中からは泣き声に変わっていた。 それでも、嫌、とは言わなかったイルカは、何を思って自分に身を任せていたのか。 あれからイルカは、カカシを『はたけ上忍』としか呼ばなくなった。避けられることはない、受付所で顔を合わせた時も、外で子供たちといる時に会った時も、その笑顔は変わらないのに。 もはやイルカにとって、カカシは友人でも何でもなく、ただ無体を強いる上司でしかなくなったのだろう。それも無理はないことだ。 でもそれなら、何故笑いかけるのか。そして、目を逸らす瞬間の切なげな眼差しは――――? 個人的な任務がない限り、三日と空けずにイルカを抱いた。自宅に呼びつけたり、イルカのアパートに押しかけたり。 互いの家に着くまで待ちきれなくて、アカデミーの書庫に連れ込んで貫いたこともある。 イルカは決して抗わず、黙ってカカシの言うがままになっている。舐めろと言えば舐めたし、自ら上に跨ることにも躊躇なく従った。 満たされる欲とは裏腹に、カカシの心は乾いていく一方だった。それでも、イルカを手放したくなかった。 やがて中忍試験が始まり、木ノ葉崩しが起こり、三代目が散っても。カカシはイルカを抱くのを止めなかった。 うちはイタチとの戦いの後眠りに就いている間に里は五代目火影就任や膨大な量の任務に追われすっかり慌しくなっていたが、それでも時間が空けばイルカを抱いた。 病み上がりの自分も、アカデミー勤務のイルカでさえも任務に駆り出されることが多く、滅多に会えることも無かったけれど。 長く眠っていた間に、イルカの中でどんな心境の変化があったものか、抗わない代わりと言うように決して自分から行動を起こさなかった彼は、今では自らカカシの首に腕を回して甘えるような仕種をするようになっていた。 相変わらず以前のように、カカシ先生、とは呼んでくれないけれど、少しずつイルカが自分に近づいてきてくれようとしている。それが判って、カカシは嬉しかった。 強引に押さえつけることもなくなり、まるで恋人同士のように睦み合うまでになったある日、イルカに任務が与えられた。 Aランク任務に就く上忍のサポート。詳しい内容は判らないが、どうも気にかかった。イルカに荷が重いとか、そんなことではない。アカデミーで教師をまかされているくらいである、中忍の中でも優秀なはずだ。第一、Aランクとは言え単独ではなく飽く迄サポート。よほどその上忍に問題がない限り、イルカならば難なくクリアできる任務だろう。そういう心配はしていない。だが何故か酷く嫌な予感がするのだ。 聞けば三日程で里に帰れるらしい。そんなに遠出をするわけではないようだ。 気にはなったが、カカシ自身、日帰り任務を続け様に命じられている。戻ってきたイルカと入れ違いにならなければいいのだが。 しかし、イルカを見送った二日後。 イルカをパートナーに指名した上忍・蒼葉サツキの殉職の報せが里にもたらされた。 任務は完了、イルカは無事木ノ葉に向かっていると言う。その報せを五代目から受けて安堵し、自らもまた次なる任務に発ったカカシだったが、その翌日遅く里に帰り着いたイルカを見て。 嫌な予感が的中したことを悟らないわけにはいかなかった。
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内容的には、表に置いてもよかったんですがね… 表のサーバ様が、裸絵はダメだって言うもんで…うう、次こそ表!! 冷静に考えれば可笑しいような、見事な擦れ違いっぷりですが。 微妙に覚えがあるなぁと思ったら、 こぉゆぅ感じの擦れ違いネタ、最遊記の八三パラレルでやったよ。 女郎三蔵。 違うのは、八戒さんと違ってカカシ先生が自分の気持ち自覚してるとこかな。 さて…これの続きの前に、カカシ先生の誕生日話を…! '03.09.08up
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