つ る 1すぐに異変には気づいた。いつものように入門票を手に現われた事務員の小松田が、妙にそわそわと門の外を気にしていたのだ。 利吉は小松田が苦手だ。あまりの愚鈍ぶりに、見ているだけでイライラしてくるからだ。だが、いつにないその落ち着きのなさに、仕方なく理由を訊ねてみることにする。 「小松田くん、どうかしたのかい?」 すると小松田は、少しもためらわずに答えた。訊かれたことにすぐ答えるなと、過去何度注意したか知れない。が、聞いた瞬間、そんなことはどうでもよくなってしまった。 「土井先生と、六年の忍たまがひとり、薬草を取りに行ったまま戻ってこないんです」 土井先生――――土井半助。 それは、利吉の何より誰よりも大切なひとの名だった。 小松田の話によれば、ふたりが出かけたのは昼食後すぐ。場所は裏山。学園から、往復するのに一刻もかからない。それが、たかが薬草摘みにこんな時刻までかかるなどあり得ないことだ。 一緒に行動しているのが、一年生――――特には組の生徒――――ならともなく、六年生だというのならなおさら。 「わたしが様子を見てこよう」 彼の身に何かあったのではと思えば居ても立ってもいられなくて、すぐに踵を返し門を出ようとすると、待ってください!と声が追いかけてきた。 「出門票にサイン、か?」 うんざりしながら利吉が言えば、小松田はしかし首を横に振り、「ぼくも連れて行ってください」と真剣な表情で訴えてくる。 少し迷ったが、足手纏いになるような距離でもないので、好きにさせることにした。 半刻足らずで辿り着いた山は、それでもすでに日が落ちて闇に覆われていた。月明かりがなければ、完全な闇の中歩くことも困難だっただろう。 奇跡的に迷いもせず、どこかで躓くこともなく利吉の後についてきた小松田は、いつになく真剣な表情で声を張り上げている。善法寺くん、というのが半助と行動している六年生の名なのだろうか。そういえば何度か顔を合わせたことがある、善法寺伊作。確か保健委員長だ。それで薬草摘みに借り出されたのか。 利吉もまた、いとしいひとの名を呼びながら山道を進んでいく。 しばらく歩けば開けた場所に出る。そこに薬草が群生しているのだが――――。 ふたりは同時に立ち止まった。というか、立ち竦んだ。 寄り添うように並んだ二本の木に、それぞれ種類の異なるらしい見慣れぬ蔓が絡み付いていて、そして。 「………土………」 「伊作くんっっ!」 絶句した利吉の後ろで、とっさに小松田がそう叫んだ。逃避しかける頭は、「何でいきなり名前呼びだよ」などと内心で突っ込みを入れてしまう。 いや、そうでなく。 利吉は一度おおきく頭を振った。幻か何かならばこれで覚めてほしかったのだが、そうはならず。 「利吉くん〜、いいところに来てくれたっ。すまないけど助けてくれないか?」 利吉のいとしいひと、こと土井半助が、蔓に身体の自由を奪われながら照れたように笑ってそう言った。 「だ……、大丈夫なんですか土井先生……」 我に返って慌てて駆け寄り、苦無を取り出しながら訊ねる利吉に、半助はへらりと少しだけ疲れた表情で笑う。 「うん、こっちの蔓はおとなしいからただ絡んでるだけ。早く切ってくれる? 善法寺のほうが厄介だから」 「厄介?」 助けてやらないと、と言われて思わずオウム返しに問い返す。 何がだろう、と思いつつ蔓の一本に手をかけた時、少し離れた場所で別の蔓に捕らえられている六年生の悲鳴が聞こえた。 「いやっ、やぁっ、こまつださんはやく助けてぇっ」 涙声に動転したらしい小松田は、その蔓を素手で引きちぎろうしている。苦無も手裏剣も、小刀も持ち合わせていないらしい。 多少消耗してはいるものの余裕のある半助に対し、あちらは明らかに様子がおかしい。よく見てみれば、半助に絡み付いているものと違って妙な動きをしているのが判った。その動きは、何とも言えずいやらしげで。 「………うわ」 知らず、そう漏らしてしまう。 しかしとりあえず。 「あちらは小松田くんが何とかするでしょう。とにかく、すぐこれ切りますから……」 「うん、頼むよ」 両腕ごとぐるぐる巻きにされている半助は、もぞもぞと身体を動かした。絡め取られているのは胴部分だけで下肢は無事だったが、宙吊り状態が辛いらしい。 木から伸びているものの、半助に巻きついている部分を切り落とす。蔓ははらりと落ち、地面の上で生き物のようにくねくねとうねり、蠢いた。それを、利吉は何となく拾い上げた。 魔がさした、と言うのだろうか。 半助の無事を確かめ安堵したこともあって、利吉の中にちょっとした悪戯心が芽生えたのだ。 「ふーっ……助かったよ利吉くん、ありがとう」 さてじゃあ小松田くんを手伝いにいこうか、と足を踏み出しかけた半助の腕を掴んで引き止める。 「利吉くん?」 きょとんとして振り返りかけたのを、後ろ手に捻り上げる。驚いて「うわっ?」と声を上げるのを無視して、まとめた両手首に先ほど拾い上げた蔓を巻きつけた。蔓はひと巻きしただけで後は勝手に巻きついていった。 感心していると、焦ったような声が上がった。 「ち、ちょっと、利吉くん何してるのッ」 「いやぁ……せっかく便利なものがあるんですから、使わない手はないなぁと……」 「バカなこと言ってないで解いてくれ! 善法寺を助けてやらないとっ」 「だから、あっちは小松田くんに任せときましょうって!」 にっこりと笑って言うなり、その場にうつ伏せにさせる。その上から覆いかぶさるようにすると、とっさに振り仰いだ半助の唇を塞いだ。 「ッりきちく……、見られ……っ」 「木で影になってるし、暗いから見えませんよ。ね、少しだけわたしに付き合ってください」 久しぶりなんですから、と囁きながら耳にやわらかく噛みつく。する、と袷から手を差し入れ、シャツ越しに小さな突起を探り当てると、ぶるっと身を震わせた半助はすぐにおとなしくなった。 こうなってしまえば利吉を止める術はないと知っているのだ。 「ありがとう……愛してます、半助さん」 囁いて、もう一度くちづけた。
裏に持ってくる必要性があるのか判らない利土井。 しかも続いている。その上続きはコマ伊…(爆) コマ伊が苦手と言う方は、『3』まで待ってください。 オチでもう一回利土井が出てきますから(オチ言うな)。 『蔓』なんてマニアネタなのに、ヤラシイのは蔓より利吉さんでした。 '04.08.03up
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