バカな男
〜SIDE NAMI〜
誰にも言わない。言いたくない。
それは気遣いでも、まして自分だけが知っていることへの優越感でもなく。
あれは、俺にとっても『痛み』だから。
ルフィのために命を捨てる。そう、あいつが言ったのを耳にしたとき、俺の中に湧き上がったのは頭がおかしくなりそうなほどの憤りだった。野望のためのその命を、誓いまでをも投げ出してルフィを守ると言いきったあいつを、俺の手で殺してやりたいとさえ思った。
初めて会ったのは、俺が働いていた海上レストランバラティエだった。
色々あって、俺は奴の戦う姿を目の当たりにした。誰の目からどう見ても勝ち目などない、一方的な戦いだった。正直、バカな奴だとしか思えなかった。
それでも、自分自身の夢も、未来も、何もかもを諦めていた俺の前で、あいつは血にまみれながらも何より輝いて見せたのだった。
あの瞬間から、俺はあいつに囚われていた。己の野望のためなら命を捨てる覚悟がある、そんなバカなことを言い放つあいつを、その野望ごと守りたいと思った。
だから、あの場に、あいつの前に飛び出したのに。
あいつは、俺を拒んだ。
たとえそこに、俺を死なせたくない、なんて気持ちがあったのだとしても。あいつは、俺の想いを自分の命と同じくあっさりと切り捨てたのだ。
ルフィにだけは、知らせたくない。あのときのあいつを。
俺があいつの手で気絶させられた後の出来事を、一部始終目撃していたというよく判らない二人組が、なぜか誇らしげに話して聞かせてくれた。あれから、あいつの身に何があったのか。これまでにないほどのダメージを受けていた、そのわけを。
二人組に口止めをしたのは、奴らに言ったような、ルフィのためなんて理由ばかりではない。あいつ――ゾロのため、などでももちろんない。
あいつにそこまで想われているのだということを、ルフィに教えてやりたくなどない。そんな、下らない理由だ。
「サンジ君も、いらっしゃいよ。このバカが目を覚ましたら、うんと説教してやるんだから」
ずっと、ゾロの傍についていたナミさんが、俺に笑ってみせる。
ごめんね、ナミさん。真実は、キミにも告げられない。だって、あれは俺にとっても『痛み』なんだ。
あの二人組は感動した、などと能天気なことを言ったが、そんな美談じゃない。
船のために身体を――命までもを張ることを自分の役目のように思っているバカと、そんなバカにどうしようもなく惚れている大バカがいたと、それだけの話。―――手ひどく振られてしまったけれど。
それでもきっと、こいつは目覚めれば何事もなかったように振る舞うのだろうし、俺も口を閉ざし続ける。何かがあったと、それだけは気づいているだろう他の船員たちも、目撃者の一人であるあのガイコツも、沈黙を守るはずだ。
俺は変わらずこのバカを好きだし、それはナミさんも同じことで。
こいつももう、あんなふうに俺を拒んだりはしない。
なァ、クソ剣士。
独りで戦ってる気になってんじゃねェよ。そんなこと、この船の誰一人として望んじゃいないんだってこと、とっとと気づけ。
てめェはこの船にとって、ただの戦闘員なんかじゃねェんだからよ。
――――BACK TO SIDE NAMI
484〜486話ネタ。
『たべちゃいたい。』に付けていたおまけ本より。
ナミさんsideとセットでどうぞ。
ちなみに、ナミさんsideはともかく、このサンジさんsideは、
あくまでも『たべちゃいたい。』のサンジさんの思考です。
あの辺りは、サンゾロ的には色々な角度で考えられるところなので。
'08.10.06up
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