MIST

〜八戒&金蝉〜




 八戒は霧の中を独りで彷徨っていた。
 三蔵たちと逸れて、もうどのくらい経ったのだろうか。無闇に歩き回っても体力を無駄に消耗するだけなので、伸ばした手の先さえ見えない濃い霧の中で、先程から腰を落ち着けてしまっているが、さてこれからどうしたものか……。
「困りましたねぇ……ジープ」
 左肩に止まっている白竜に呼びかけると、キュイ、という不安げな鳴き声が応える。
 不意に、背後で草を踏む微かな音がした。
 敵意はないが、それでも一応警戒しつつ振り返った八戒を、目の前に立っていたひとがビックリした表情で見つめる。
「て…んぽう?」
「えっ?」
 突然現れた美しいひとに覚えのない名で呼ばれ、八戒の方も驚く。
「……ああ……すまない。人違いだ。ちょっと、探してる奴に似てたから」
 少しの間首を傾げて八戒を見ていたそのひとは、しかしすぐに間違いを認めると、困ったように辺りを見回した。
 初対面の相手に無防備に近づいてきて、また離れていこうとしている至ってマイペースなひとを、八戒はポカンと眺めていたが。
 ――男性……ですよね、一応。
 さっきごく間近で見た『彼』は、とても美しくて――少し、八戒が求めて止まない彼の人に似ていた。そのひとよりも淡く長い金髪は、この白い闇の中にあっても光を放っているように見える。
 彼の姿が霧の中に消えようとした時、彼がいきなりバランスを崩した。
 何となく見送っていた八戒はぎょっとして、咄嗟に手を延ばし、支えてやる。
「……ありがとう」
 照れたようにほんの少し笑う彼の、その華奢な身体に、八戒は思わず呆然とした。
 抱き寄せるたびその細さを心配した、彼の人――三蔵よりも更に細い。このまま少し力を入れただけでも、容易く折れてしまいそうだ。
「危ないですから、あまり動かない方がいいですよ。霧が晴れてから探しましょう。僕も、仲間と逸れてしまったんです」
「そう……だな、それにあいつなら、そのうち俺を見つけてくれるだろうし」
 そっと手を離して提案すると、彼はあっさりと納得して八戒の傍に座り込んだ。
『あいつ』に対しての、絶対的な信頼。その為にそのひとと似ているらしい自分に対しても、こんなにも警戒心が薄いのだとしたら。
「探している人は、恋人ですか?」
 そこまで信頼されている相手に少しだけ興味をそそられて、訊ねてみると。
「てっ、天蓬は恋人じゃないぞっ!」
 彼は真っ赤になって、慌てたようにそう答えた。
天蓬「は」……ということは、恋人は別にいるのか。
 大変判りやすい彼の反応に、八戒はある意味感心してしまった。三蔵もこのくらい――とまでは言わないまでも素直になってくれないだろうか、などと思う。
「幼馴染みなんだ。昔、俺が何か怖い目に遭ったら、名前を呼べば助けに来るって約束したから」
「ちなみに恋人とその天蓬さん、二人が全く違うことを言ったらどちらを信じます?」
 八戒の問いに、少し考え込んだ彼は、きっぱりと言った。
「天蓬、だな」
 八戒は思わず、その二人に同情してしまう。
 そんな約束をしてしまえるくらい、天蓬は彼を想っているのだろう。しかし、彼はそれに気づいていない。そして、その天蓬ほどに彼の信頼をまだ得てはいない恋人。
恋愛感情にも勝る信頼と、恋人の地位と――この場合どちらが上なのだろうか。
「お前も、恋人がいるのか?」
 逆に問い返され、八戒は言葉に詰まった。
 自分たちは果たして恋人などと言っていい関係なのか。言葉をくれない人だから、それでも良いと思っていたけれど……。
「……僕の好きな人は、照れ屋さんなので……恋人、なんて言ったら怒られちゃいますけど」
 この発言こそ、聞かれていたらメチャクチャ怒られてしまいそうだったが。
「嘘なんて全く似合わない、とても綺麗なひとで、僕は誰よりそのひとのことを信じています。そしてそのひとも、多分僕を信じてくれていると――思ってます」
 恋人と呼べるような関係ではないかもしれない。
 でも、八戒にとっては、それが全て。何があっても裏切らない、裏切られない人。
 一番大切なひと、だから。
「貴方も恋人のこと、もうちょっと信じてあげて下さい」
「……そういうもん、なのか?」
 彼は不思議そうな表情をしていたが、やがてこくりと頷いた。
「別に信じてないわけじゃ、ないけど」
 ただそれよりも、天蓬が特別なだけ。
 そして――出逢ったばかりの八戒に、こんなにも気を許してしまっているのも、やはり天蓬に似ているからだ。
 今になってそのことに気づく。優しくて穏やかな雰囲気が、特によく似ていて。
「僕は八戒と言います。貴方は?」
「……金蝉」
 にっこりと微笑む八戒に名を聞かれて、簡単に答えてしまったのも、多分その所為で。


「ああ、霧が晴れてきましたね」


 八戒のその言葉に応えるように、肩に乗った白い竜が、ピィ、と一声鳴いた――――。






不思議な霧のお話、その1(笑)
金蝉受と、どっちに置こうか迷いましたが…
その2に続いちゃうんですね、これが!(続くって言うか…)
金蝉姫、ぽけっとし過ぎです…
そこがカワユイんですけどね!!(死)






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