今までそんなこと、考えたこともなかった。
――――――やっぱ、俺ってバカ?
マインドサーカス 〜前 編〜
その日、不二が珍しく休んで、俺の隣は空いてた。三限目の数学は自習で、プリントの問題を解いて提出することになってて。
クラスん中では比較的仲良い奴らが、俺の周りに集まってきて雑談なんかを楽しんでいた。プリントなんぞ、真面目な奴が解いた答を写させてもらえばいいのだ。それに俺はどーもけっこー人気があるみたいで、いつもは不二に頼むけど、そーでなくても女子なんかが大抵「菊丸クン、写させてあげる♥」なーんて言って見せてくれる。そのおこぼれを、こいつらは狙ってるワケだ。
ふっと窓の外を見た。グラウンドが見える。どっかのクラスが体育の授業の真っ最中。種目はどーやら、サッカー。
どこのクラスだろーなー、と何となく見てる、と。
「あ」
思わず声が出た。だって。
あさってな方角にボールをぶっ飛ばした奴に、多分捜しに行くように言ってる、背の高い奴に目が止まっちゃって。
叱られてるみたいに見えるそいつは、同級生相手だってのにすっかりビビって、身体を縮こまらせてる。らしいなぁ、なーんて思ったらつい笑ってしまった。
「な〜に笑ってんだよ、キショク悪ィ奴ーっ」
「何だ何だ? 女子が体育でもしてるのか!?」
「んでニヤついてんの? きゃー、菊丸クンのスケベー!」
ふざけたことを言いながら覗き込んでくる奴らに、違うっつーの、とか返しながら。
目はやっぱり、グラウンドに釘付け状態。
だってクラス離れてるし、授業中に大好きな人を見れるなんて、滅多にないことにゃんだもんねっ!
「げーっ。一・二組の男子じゃん! ヤローの生足見て何が楽しいんだっつーの!」
いや、その意見には約一名の例外を除いて全く同感なんだケドね。
心の中で頷いてると、どれどれ、なんて覗き込んできたもう一人が突然声を上げた。
「あっ、手塚じゃん。うっわーサイアク、ヤな奴見ちゃったよー」
にゃにをぅ?
めちゃめちゃ嫌そーに顔を歪めたそいつを、思わず睨む。他の奴が笑った。
「あーコイツ、こないだ一組の女子に振られたんだよ。手塚くんが好きなのー、ってさ!」
「っせぇよ! ったくあんなんの何がイイんかねー、女ってわかんねー」
「あーまーなぁ。頭良くて顔も良くてスポーツもできて? すっげー嫌味な奴だよなー」
「男の敵だ、男の敵!」
口々にそう言い合ってんのを聞いてらんなくて、俺はつい口を挟んだ。
「にゃんで。あー見えて手塚ってけっこーカワイイよ?」
ポロっと自然に零れた台詞に、その場の空気が一瞬固まった。気の所為だろうけど、ビシィッ!って音まで聞こえた気がする。
あ、ヤバイ……と思って慌てて何か言おうとした時、顔を見合わせていた奴らが一斉に笑い出した。
「何だそれ、気持ち悪ィ! 菊丸ってホモ?」
「どこをどーしたらアレがカワイくなんだよーっっ」
腹抱えて笑ってるそいつらを、俺はポカンとして見てた。
常識的に言って、マズイ台詞だった自覚はあった、あったけど。
ホモ。気持ち悪い。
冗談に紛れた本気の嫌悪。そんなコトバに傷つかなかったといえば嘘になるケド、俺がまず思ったのは。
『イヤだな』
俺はつられたように笑った。
『――――――手塚にこのコトバを聞かせるの、イヤだな』
たとえ冗談でも。こんなコトバ、手塚に聞かせたくない。絶対、俺よりずっと、傷つく。
だから。
俺は、笑った。
「………にゃんだ、知らなかったー? テニス部って実は全員ホモなんだよねーっ。みーんな、手塚目当てなの。だからホラ。手塚ってダブルスやんないんじゃなくて、やれないの。一緒にやりたい奴ばっかだかんねェ。ケンカになっちゃうのを防ぐためにセンセーが」
「うわっサイアクー! どーりでお前ら、あんなんの下でよくやってんなと思ったんだよなー」
「女子部と離れてっからそーなんだよー! 何でグラウンド別なワケ?」
クラスメイトどもは冗談だと思って、ゲラゲラ笑って好き放題言ってる。もちろん、八割方は冗談だ。
けど部内の一部には、実際俺以外にも手塚にマジで惚れてる奴もいたりして。そうでなくても、うちの部なんてほとんどが手塚のファンだ。
俺は笑いながら、「不二に言うなよ〜、殺されるぞ」とそいつらに釘を刺した。
誤魔化すためとはいえ、こんなサイテーで性質の悪い冗談、テニス部の奴には知られたくない。手塚の耳に、入るかもしんないし。
何かなぁ。
――――――俺ってホント、今までな〜んも考えてなかったんだなぁ。
手塚が学校でイチャイチャしたがらない理由が、やっと本当の意味で判った気がした。
俺たちは、異常なんだ。
ホモ、って言われてもピンと来ない。
だって、手塚だけだから。
でも手塚は男で、俺も男で。
そーいうのをホモって言うなら、俺は確かにホモなんだろうと思う。手塚限定ホモ。
恥ずかしいとも、みっともないとも思わないけど。
手塚にヤな思いさせんのは、絶対絶対、イヤだ。
だから。
いつだって手塚を見てたい、触ってたい。それはもちろん変わらないけど。
少なくとも学校の中では、今後一切手塚には触れない。そう、決めた。
手塚に、あんなヒドイコトバを聞かせることがないように。
→→NEXT
続いちゃうわけですよ…(死)
短めですけどね。一本に収めるには気力も足りず。
菊の、「ヤダな」って言うのが書きたかったんです。
肝心の手塚さんがロクに出てきてませんが…
テニス部の方たちほど理解のある人ばかりではないよ、と言うことで。
ホ○だとかなんだとか、書いてて痛かったです(>_<)
あたしも実は、同性に惚れたことがあるもんで…
や、プラトニックだったですよ?(笑)
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