MARRY ME?


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 テレビや雑誌で連日騒がれている、噂のプロテニスプレーヤー。いつも被ってる白いキャップが特徴の彼は、実はあたしの恋人だ。
 中学一年の春にあたしが一目惚れして、中学二年の春に付き合い始めた。意外なことに、告白は彼のほうからだった。
 最初に告られたとき、あたしは親友が彼のことを好きだと思い込んでいて、冗談にしてかわしてしまった。そのときのあたしにとって、親友が誰よりも大切だったから。
 それでも彼は、あたしのことを好きでいてくれて。
 意地を張ってたあたしも、自分の気持ちに素直になることにしたのだ。親友のことが誤解だったと判ったというのも、大きいけれど。
 何よりもテニスが最優先な彼。でもそんな彼が好きだったから、いくら放っておかれてても平気だった。テニスしてる彼は、ホントに最高にカッコよかったから。
 だけど。
 高校を卒業してすぐ、彼はプロの世界に入ってしまって。
 あたしはますます、放ったらかしにされた。
 もうすぐプロ入りから四年。次の春、あたしは大学を卒業する。

 

 

 その日、あたしは短大を卒業してOLをしてる親友と、久しぶりに休日を過ごしていた。
「リョーマくん、スゴイね。今はフランスだっけ?」
 親友の桜乃が、あたしが買ったテニス雑誌をめくりながら言った。
 大学に入ってから一人暮らしを始めた、あたしの部屋。遊びに来た彼女のために、お茶を淹れる。
 今日はちょっと暑かったから、昨日買ってあったペットボトルのアイスティーを出そうと、冷蔵庫を開ける。
「……あ」
 思わず声が漏れた。
 どうしたの、と桜乃の声。あたしは「何でもない」と答えながらも、しばらくそのまま固まってしまった。
 飲みかけのファンタのペットボトル。きっともう、炭酸なんて抜けちゃって飲めないだろう。
 一ヶ月前に、恋人が残していったもの。捨てようと思って、捨てられないままだった。そういえば最近忙しくて、自炊なんかしてなかったから。昨日久しぶりに買い物をして、そのときには気付かなかった。
「ねえ、朋ちゃん。テレビつけていい?」
「あ、うん。いいよ」
 結局ファンタはそのまま、あたしはアイスティーだけを出して、冷蔵庫のドアを閉めた。氷を入れたコップに注ぎ、お盆に乗せて桜乃が待っているリビングに戻る。といっても、キッチンのすぐ隣で、間にドアもないんだけど。
 桜乃が見ていたのは、スポーツニュースだった。多分この後の、ドラマの再放送を見るつもりなんだろう。
「はい、桜乃」
「ありがとう朋ちゃん」
 小さなテーブルにコップを置くと、桜乃がお礼を言ってそれを飲んだ。
 その向かい側に、あたしも座る。
「……あ。見て、朋ちゃん。リョーマくんだよ」
 言われて見れば、画面には恋人のアップ。と言っても、いつものキャップを目深に被っているから、表情は見えない。でもきっと、鬱陶しそうにしてるんだろうなあと思う。
 強くて、カッコよくて。どうやっても目立つひとなのに、注目されるのが嫌いなんだ。でも確か、プロになる前はそうでもなかった気がする。やっぱり、マスコミの目も、プロになると違うんだろうな。
「元気そう」
 一ヶ月ぶりの姿に、呟く。と、桜乃がびっくりしたように、
「朋ちゃん、リョーマくんと連絡取ってないの?」
「試合前は集中したいだろうから、いつもしないの。だから一ヶ月前に日本に戻った時会ったっきり」
 答えながら、テレビの向こうの恋人を見つめる。相変わらずカッコいい。あちこちから突きつけられるたくさんのマイクを無視して、コーチのひとと車に乗り込んでいく。
 ほんの数十秒、しかも顔もほとんど映らなかったけど、試合の内容からしても調子はよさそう。
 桜乃は少しだけ気まずそうに、目を落としている。もうすぐドラマが始まるのに。その理由が判るから、あたしは笑って見せた。
「やっだ、気にしないでよ桜乃。そんなの、あたし信じてないから!」
 桜乃が見てた雑誌に載った恋人の写真は、金髪の女のひとと並んで写ったものだった。さっきのニュースで取り上げられていたのも、試合のことじゃなくてそれだった。

【越前リョーマ、熱愛発覚】

 安っぽい見出し。下らなすぎて笑っちゃう。写真の恋人は、ニコリともしていないのに。むしろ、迷惑そうなのを隠しもしないで、隣の女のひとを見てるのに。
 恋人は普段あまり表情を面に出さないから、彼のことをよく知らない人には、そういうのが判らないらしい。桜乃だって、記事を本気にしたんじゃない。単に、あたしを心配してくれてるだけだ。
 こんなふうに騒がれたくなくて。
 あたしがマスコミに追われるかもしれないことを心配して、リョーマはあたしの存在を隠してるだけなのに。
 あたしのためなのに。判ってるのに。
 でたらめな記事なんて信じたりなんかしないけど、でも。

「さみしい」

 ずっとずっと。
 四年の間誰にも言えなかった本音が、ポロリと漏れた。親友の前だったから、きっと気が緩んじゃったんだろう。
 一旦口に出したら、止められなくなって。涙まで、出た。
 寂しい、寂しいと馬鹿の一つ覚えみたいに繰り返して泣くあたしを、桜乃はそっと抱き締めていてくれた。

 

 その大会で見事優勝した彼が帰国したのは、二週間後のこと。

 

 

 



リョ朋、10年後(遠ッ…)プロポーズ話です。
王子のバースデーくらいにUPがベストな気がしますが…、
何となく浮かんだので、書いちゃいました。
でも、肝心のプロポーズにたどり着けずに『続く』!
次週、イベントから帰ったら後編を…!
そんなに長くない話なのに、すみませんホント…OTL
'06.10.23up


 

 

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