LOVELY BABY
〜18〜



 泣きそうに表情を歪めたにゃんこは、俺の胸に顔を埋めてきた。
 大きく揺さぶってやれば、くぐもった声が聞こえる。背に爪が食い込む。俺はにゃんこの、ふわふわのマリモ頭をそっと撫でてやった。
 好きだよ。
 自分でも信じられないくらい、お前のことが。
 こんなふうになると知ってたら、あの日、お前を抱いたりなんてしなかったのに。
「サンジさんッ……!」
「……っ」
 にゃんこのものが弾け、それとほぼ同時に俺も中に吐き出した。ひくひくとアナルが痙攣し、絞り出されるみたいに全部注ぎ込んでしまった。
「……は、あ……ぅ」
 背中から力の抜けた腕が滑り落ち、シーツの上に投げ出される。俺はぐったりとした小さな身体を抱き締め、忙しない息を吐く唇にゆっくりとくちづけていった。唇を合わせ、舌で歯列を辿り、開かれた口内深くまで侵入しねっとりと濡れた舌を絡め取る。
 拙いながらも応えてくる様子に、切なくてたまらなくなった。

 

 

 

「今日の予定は?」
 バクバクと俺の作った朝飯を食っているガキに、タバコをふかしつつ訊く。
 ガキは頬袋をパンパンにしたまま顔を上げ俺を見上げた。お行儀よく、口の中のものをきちんと飲み込んでから、答える。
「部活ねェから、道場行って、そのあとバイト」
「昼は、道場で?」
「ん、たぶん。従姉が作ってくれてると思う」
 それだけ言うと、また食事を再開する。時計を見れば、九時近い。唯一、ここから一度も迷わず行ける道場までは、いつもジョギングしながら三十分ほどかけて行く。そろそろ出かける時間だ。
 慌しく、それでもきっちり残さず平らげて、にゃんこは食器を手に立ち上がった。
「あァ、いい。今日は俺はゆっくりできるから、やっといてやるよ。支度しな」
 自分で食ったもんの片づけは、自分ですること。メシを作ってやるようになってから、ずっとその決まりどおりにゃんこは食器洗いをしていた。
 俺の言葉に戸惑ったそぶりを見せたにゃんこだったが、
「じゃあ……よろしく」
 テーブルに食器を戻し、寝室へ着替えと防具を取りに行った。灰皿を引き寄せ、灰を落として、俺は短くなったタバコをまたくわえた。
 ほどなく、準備を終えたにゃんこが寝室を出てくる。
「いってらっしゃい」
 にっこり笑って言ってやったら、にゃんこは赤くなり、消え入りそうな声で「行ってきます」と呟いて玄関へ走って行った。ドアが開いて、閉まる音。それを確認し、俺はタバコを灰皿に押し付けて消した。
 携帯を取り出し、アドレスを呼び出す。一度だけ入って来たことのある、着信。それを、俺は登録していた。頭の良さそうなあの子のことだ、非通知にしなかった時点で俺から連絡が入るかもしれないことくらい予測していただろう。
 三回コールで、すぐに相手と繋がった。
『――もしもし?』
 耳に心地よい、愛らしい声。
「おはよう、ナミちゃん。俺――判るよね?」
 当然向こうも俺のナンバーを登録しているはずだ。少女は挑むような調子で応えた。
『おはよう、サンジ君。久しぶりね。私に何か用でもあるのかしら?』
 君、などと呼ばれて苦笑しつつ、俺は彼女に返した。
「うん、話がしたいんだ。キミひとりだけで、この間のお店に来てくれないかな?」
『……いいわ。一時間後で構わない?』
「もちろん。じゃあ、待ってる――ありがとう」
 通話を切ると、寝室のクローゼットの奥、小さなボストンバッグを引っ張り出す。
 荷造りらしい荷造りは要らなかった。当面困らない程度に服を数枚と、愛用の包丁セット、それに金とカードがあれば十分。
 このマンションは賃貸じゃないからそのままにしていくけれど、月一でハウスクリーニングを頼んである。
 にゃんこが帰る頃には俺の姿はどこにもなく、奴が独り俺を待つ姿を想像すると胸が痛んだ。が、濃厚に愛し合った翌日に何の前触れもなく、置手紙のひとつもない、こんな別れ方のほうが、いっそ人でなしっぽくていい。
 にゃんこから遅れること約四十分。バッグを手に、俺は住み慣れたマンションを出た。合鍵は捨てるなり何なり、好きにしてくれればいい。

 

 

 少女にだけは、旅立つことを教えた。
 一発や二発引っ叩かれることも覚悟していたのだが、少女は意外にも肩を竦めただけだった。
「あなたがいかがわしい仕事を辞めてくれるなら、文句ないわよ」
 そう言って笑い、さらに続けた。
「いつだか知らないけど、あなたが戻ってくる頃には、私かルフィがゾロをモノにしてるかもね」
 その言葉は、あまり冗談に聞こえず――ちびのほうに言いたくなかったのは、無意識にそういう可能性を浮かべたせいだろう――、俺は乾いた笑いを返すしかなかった。彼女には、きっと一生敵わない気がする。
「まぁでも、ゾロをよろしくってことよね? 判ったわ。このままあなたとゾロが切れるんでも、それはそれで私は構わないし」
「……うん。ありがとうナミちゃん」
「お店持ったあかつきには、御馳走してね、タダで♥」
 にっこりと笑う彼女に、俺は「是非」と頷いた。
 この子が傍にいてくれれば、あいつは大丈夫だろう。安心して、そして、不覚にも少しだけ泣きそうになった。

 

 

 空港まで見送りに来てくれたのは、ウソップとロビンちゃん、仕事を抜けて駆けつけてくれたフランキー。それに、一歩下がったところでこちらを見ているシャンクスだった。
 午後二時の便。ゼフとの待ち合わせは、搭乗三十分前。あと、十五分ほどだ。
 時計を見ながら、ウソップが涙で真っ赤な目をこする。今生の別れでもあるまいしと笑おうとして、フランキーがウソップの比じゃなく滝のような涙を流しているのを見て止めた。その背をさすってやっているロビンちゃんが、苦笑する。
「俺さ、サンジ、俺もさ、やっぱ絵、もっかい専念しようと思うんだ」
「そっか。……あれ、じゃあロビンちゃんの店は……」
「大丈夫よ。代わりの板さんが見つかるまではいてくれるってことだから」
「……そう。いい板前が見つかるといいね」
「ええ、ありがとう」
「うおおおう、サンジ〜夢を、夢を叶えろよォ!」
 とりとめのない話をしていると、時間の過ぎるのは早い。そろそろか、と懐中時計を出して確かめようとしたとき。

「サンジさん!!」

 ――――聞こえたのは、ここにはいるはずのない、可愛いにゃんこの声だった。

 

 

 

 

      ――――NEXT

 



は〜い一旦切りま〜す。
別れのシーン。てゆか、別れの朝のシーン。
行ってきます、って言うのに照れるゾロたん。可愛いね!(笑)
ナミちゃんだけじゃなく、ルフィも出そうかと思ったんですが、
パラレルってもルフィにヤキモチサンジさん、はデフォのようで。
なんだかんだ言ってても何気に仲良しなナミさんとサンジさん、も
やっぱりデフォのようで。(笑)
おいおい泣くフランキーを書きたかった(そこ?)
'09.09.23up


 

 

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