LOVELY BABY
〜10〜



 むずがるような仕草が可笑しくて、またつついてみる。今度もガキは小さく唸って、俺の手を振り払おうとする。それでも目を覚まさないのに呆れつつ、何度か繰り返していると、ウソップが顔を出した。
「オイ、起きたか? 何か軽く食ってけよ、すぐ作るからよ」
「あ、おう。悪ィな。――オラ、いい加減起きろ、バカ猫」
 ウソップの気遣いに礼を言い、起き出す気配もない奴の額をぺちんと叩いてやった。さすがにビクッとして、ガキは目を開けた。その反応がまた猫っぽくて、笑ってしまう。
 ウソップはガキが身を起こしたのを確認して、戻っていった。
「んあ。……サンジさん?」
「いつまで寝てんだ。つか寝てんなよ。ホラ、ウソップが何か作ってくれるってよ」
「……ウソップ……」
「ここの板前だよ。鼻の長ェ奴。カウンターん中にいたろ?」
 こしこしと目元を擦りながら、まだ覚醒し切れてないようなぼんやりした答えを返す奴に、説明してやる。ガキは、あァ、と思い当たった様子で頷いた。
「腹減った」
「晩飯食ってねェのか?」
 腹をさするガキに訊けば、メシは食った、と返ってきた。まァ、そりゃそーだな。連絡入ったのだって、もう九時過ぎてたし。でもま、じきに日付も変わっちまうし、しょうがねェか。
 座布団を片付けて店に戻ると、カウンター席に二人分の茶漬けが用意されていた。さすがウソップ。時間も時間だし、さらりと食えるものはありがたい。
 ガキを先に座らせ、隣に腰掛けながら、ロビンちゃんに声をかける。
 俺が奥でにゃんこを見て和んでいた間に、他の客は皆帰ってしまっていた。ロビンちゃんはレジを操作していたが、俺の呼び声に応えて、こちらへ来てくれた。
「今日はごめんね。こいつの世話、ありがとう。これ食ったら帰るからさ――今度は休みの日に、夕方からでも来るよ。フランキーにもこいつ、紹介しときてェし」
 こいつ、と言って、すでに丼を抱え込んでるガキの後頭部を軽く叩くと、ぶほっと噎せた。咳き込みながら俺を横目で睨んでくる。
 ロビンちゃんが、それを見てくすくす笑った。
「あの人も喜ぶわ」
 まだ噎せてるガキに布巾を差し出して、ロビンちゃんは言う。
「私はここの女将をしているロビンよ。よろしくね、小さな剣士さん」
 着替えの入っていると思しきバッグの他に、防具と竹刀を持ってきていたガキは、小さな、という部分に少しムッとしたようだった。が、ウソップがロビンちゃんに続いて自己紹介すると、大人しく丼を置いて、
「……ゾロ、です」
 よろしく、とぼそりと呟いた。
 にこにこしているロビンちゃんはともかく、ニヤニヤしているウソップがムカついたので、とりあえずド突いておいた。

 

 

 茶漬けを平らげ、二人にもう一度礼を言って、俺は満腹になってまた眠そうにしているガキを引きずるようにして店を後にした。
 マンションに着くと、部屋に上がるなり倒れこんで寝る体勢になった奴を蹴りつけてやる。
「まだ寝んな。ホレ」
「痛ェ!!」
 頭の上めがけて落としたモノが、まともに当たってゴツンと鈍い音を立て、ガキが跳ね起きた。
「……何だよコレ」
 拾い上げたガキは、手の中のそれと俺とを交互に見、首を傾げた。
「迷子札だよ。お前の名前が入ってるだろ」
 チェーンの先に付いた青い魚形のプレートに、『ZORO』と刻んである。裏には、うちのマンションの住所と、俺の名前。猫用の迷子札だ。
 ガキはむう、と唸り、唇を尖らせた。
「迷子なんかならねェって」
「どの口が言うか」
 今日、マンションから五本も違う道に迷い込んでた奴のセリフじゃねェ。そう、からかうように言ってやれば、細い鎖の部分を摘まんで、ガキは拗ねたように上目遣いで俺を見た。
「つかコレ、短ェじゃん。どこに着けんの?」
 ま、特注とはいえ所詮は『猫用』だからな。チェーンの長さはせいぜいブレスレットくらいのものだ。
 俺は、ガキにケータイを出させた。奴のケータイは、形も色も、シンプルすぎるくらいだ。デコってないどころか、ストラップのひとつも付いてなく、待受画面も初期設定のままだという。
 俺はそれに、迷子札の細い鎖を通してやった。ちょっとでかいが、飾り気のないケータイの、唯一のアクセサリーになる。
「こーしときゃいいだろ。落とすなよ?」
「……うん」
 ガキは素直に頷き、物珍しげにそれを眺めた。
 それから続けて、俺は空いているほうの手を出すようガキに言った。やはり素直に差し出された手のひらに、ケースから取り出したものを乗せる。
 ころりと転がった、三つの光るもの。
「……ピアス……?」
「せーかい。……コレは、首輪代わりな」
 さすがに本物の首輪は買えなかった。迷子札同様、明らかにそれと判るものを、判りやすい着け方はさせられない。
 にっこりと笑いかけ、手を伸ばしてガキの耳朶に触れる。
「『サンジ』の『三』……なんつってな。俺が開けてやるよ。外すんじゃねェぞ?」
「サンジさんとおそろいじゃねェの……」
 ガキがぽつんと漏らした。
 俺の耳に付いてるのは、オックスブラッドって名前の、真っ赤な珊瑚だ。ちなみにこれも元は貢物。奴の手にあるのは、青い――ラピスラズリという石。
 嬉しいような、不満なような、複雑な表情のガキに、思わず笑う。
「よく見ろよ。……俺の目の色だろ」
 俺のモンだって印だよ。そう囁いてやれば、ガキはたちまち赤くなった。
「これ……サンジさんが?」
「自分のペットの首輪くらい、自分で選んで買うに決まってんだろ」
 ちゅっと音を立てて左側の耳にキスをして、これから穴を開けるそこを唇で食む。
「三つも開けんの大変かもしんねェけど、平気?」
「っ、平…気っ」
「痛ェかもよ?」
「痛ェのなんか、何でもねェ……っ」
 俺に耳を弄られるたびピクピクと身を震わせながらも、ガキはそう言い放った。
 あんま考えてなさそうだけど、校則とかは大丈夫なんかな、とふとそんな疑問が頭を過ぎった、けれど。

「あんたのもんに、して」

 しがみつくようにされて、そんな可愛いことを言われたら。
 もう引けるわけ、ねェだろ。

 

 

 

 

      ――――NEXT

 



ノルマ、オールクリアです。
どこかは、想像にお任せします。結構くだらないです(苦笑)
サンジさんのピアスは、血赤珊瑚の中でも高級品です。
ピジョンブラッド(ルビー)と迷ったんですが、半透明の石で。
ゾロたんにプレゼントしたラピスラズリは、最初から決めてました。
藍色もいいけど、金斑でもいーかな。
三連ピアスにサンジさんの名前を関連付けたのも、最初から。
これで、とうとう完全にサンジさんのペット(所有物)です。
…つーか、今回ちと短いですかね。
気づけば10話目だし。あとどれくらい続くのこれ…(お前が訊くな)
'09.02.16up


 

 

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