銭とKISS授業が終わり、しんべヱが元気に手を振って走り去っていく。行き先は、くノ一教室のおシゲちゃんとの待ち合わせ場所だ。 それに手を振り返して、きり丸がくるりと私に背を向けた。 「じゃー俺、アルバイトだから」 「うん、頑張ってね」 おう、と短く応えて、きり丸は食堂のほうへ向かって駆け出した。後ろ姿を見えなくなるまで見送ってから、私もまたその場を後にした。 私たちも、もう五年生だ。相変わらず三人とも同じは組で、仲も良いけれど、長屋の部屋割りではみんなバラバラになってしまったし、放課後一緒に遊ぶということはほとんどなくなっていた。 しんべヱはおシゲちゃんとデート。 きり丸はアルバイト。 そして、私は。 「……今日は食堂のおばちゃんの買い物の手伝い。それから……犬の散歩が三件、だっけ? 夕飯時間には帰ってくるかな」 きり丸の予定を思い返しながら門を出て――小松田さんには前以て言ってある――、村のほうへ向かう。しばらく歩くと、何軒かの家が見えてくる。 「すいませーん」 そのうちの一軒の戸口で声をかけると、赤ん坊と三、四歳くらいの子供三人を連れて女のひとが二人出て来た。 「乱太郎くん、いらっしゃい」 「いつも悪いわねえ」 「らんたろーにいちゃん、はやくあそぼ!」 ぴょこん、と母親の陰から飛び出してきた子供たちが、私の袖を引っ張る。おばさんたちは赤ちゃんを私に抱かせると、それぞれ籠を抱えて笑った。 「じゃあ、私たちは仕事に出かけるわね」 「お父ちゃんが夕方には戻るから、そうしたら帰ってもいいからね」 よろしくね、と言って出かけていく二人に、私は赤ちゃんをあやしながら、 「はい、行ってらっしゃい」 「母ちゃん、いってらっしゃーい!」 私のマネをして、子供たちが元気に手を振って母親たちを見送った。 夕方、畑仕事から帰ったおじさんたちにその日のアルバイト代をもらい、学園に戻った。手の中に、小銭が二枚。チャリ、という音に苦く笑う。 一年くらい前から、きり丸の手伝いじゃなく、私自身でアルバイトを始めた。それは、こんなふうに短い時間の子守とか、店番とか、そういうちょっとしたことだけれど。 理由は、父ちゃんや母ちゃんにお小遣いをもらうのがさすがに気が引けるようになったのと、もうひとつ。 食堂で夕ご飯を食べていると、きり丸が帰ってきた。 「乱太郎、ひとりか? しんべヱは?」 「あ、お帰りきりちゃん。おシゲちゃんとご飯食べて、もう自分の部屋に戻ったみたい」 「……あっそ」 私と同じA定食を頼んで、私の隣の席に着く。ごく自然で当たり前のことなのに、ドキリとした。 「きり丸」 「ん」 ご飯を頬張っているきり丸に呼びかければ、もぐもぐと口を動かしながらも短く応えてくれる。 けれど。 「……あとで、いい?」 私の言葉に、きり丸はスッと表情を消して。 いいとも嫌とも言わないまま、ただ無言で味噌汁をすすった。 長屋裏の木の陰で、きり丸の唇を塞いだ。 人目のないここに引っ張り込まれるまま従ったきり丸は、いまも目を瞑ってされるがまま。 気が済むまでくちづけて、そうっと唇を解く。それと同時に、きり丸がゆっくりと目を開いた。きつめのそのまなざしをまっすぐに向けられて、私は思わず俯いてしまう。 懐から銭を出し、きり丸の手を取って握らせる。 「毎度」 短く言って、きり丸は私に背を向けた。 くちづけ一回で、小銭一枚。 こんな契約のようなものを結ぶきっかけになったのは、一年前。 『身体を触らせたら銭をくれるって言うオッサンがいるんだ』 そんなことをきり丸から聞いた瞬間、ゾッとした。それは身を売るということじゃないのか。そのひとは本当に身体にただ触るだけなのか。――――否、触るだけだって許せない。 私はとっさに、きり丸の腕を掴んで叫んでいた。 『私が、払うから! そんなに困ってるんなら、あげるから。そんなひとに触らせないでよ!』 ――――多分、その時私は止めるための言葉を間違えたのだ。きり丸はすこしだけ痛そうな表情をして、それから感情のない声で『判った』と呟いた。 そして私はアルバイトを始め、銭一枚と引き換えにきり丸の唇に触れる権利を得るようになった。 好きだった。ずっと、こうして触れたかった。 だけどそれは、こんなふうに契約としてじゃない。私は、きり丸の恋人になりたかったのだ。 切なくて切なくて、触れた唇は熱くて。 遠くなる振り返らない背中を見つめて、ほんのすこしだけ泣いた。
ちゃりん、壺の中に小銭を入れて、きり丸は溜め息をついた。 「……乱太郎のアホ。さっさと気づけよなぁ」 きり丸はこの一年、乱太郎から受け取った銭を一枚たりと使ってはいない。別の壺をわざわざ買って、そこに入れ続けている。小振りの壺は、すでに半分以上満たされていた。 『身体を触らせたら銭をくれるって言うオッサンがいるんだ』 あの話は嘘ではないけれど、きり丸だって最初からそんな誘いを受けるつもりなどなかった。 それを乱太郎に言ったのは、彼の言葉が欲しかったから。 『好き』と。ただそのひと言を、大切な言葉を未だにくちにしていないということを、彼は気づいているだろうか? 使いもしない銭をそれでも受け取り続け、壺がやがていっぱいになったら。 そうしたら――――この壺ごと、乱太郎に突っ返してやるのだ。 でも、その前にどうか。 ことば、を。 「銭なんて、そんなのなくても。俺は――――」 壺に蓋をし、それを抱き締めて、きり丸は呟いた。
久々の乱きりは、五年生のふたり。 乱→きりのように見せかけて、実は両想い。 っつーか、まさかのシリアス。(死) 相方にネタ話したら、「きりちゃん可愛い…」って言ってもらえたので、満足。 ということで、いろんなアレコレは無視の方向で。 そのうち、五年Ver.の乱きり絵をUPしたいな♪ '05.09.12up
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