残 暑


 

  チリン、チリーン…

 軽やかなその音に、ふと顔を上げて開け放たれた窓を見遣る。
「イルカ先生、まだ風鈴仕舞ってないんですか?」
 軒先に下がっている、ガラス細工。下半分を水色に塗った上に、紅い金魚が泳いでいる。
 夏の間中、二人で眺めて僅かながらの涼を与えてもらっていたものだ。
「あ、ええ。まだ少し暑いですからねぇ」
 氷の浮かんだコップに麦茶を注ぎ足したイルカが、手のひらでパタパタと扇いで赤くなった顔に風を送っている。既に扇風機は仕舞われてしまっているのだ。
 暑い暑い、と言いながら食べているものはラーメン。この嗜好は、カカシにはどうしても理解しかねるものがある。でもまぁ、イルカが幸せそうに食べているので良しとしよう。
「夕方になるともう、だいぶ涼しい風が吹くんですけどね」
 どうぞ、とコップになみなみと注がれた麦茶を、どうも、と口にする。よく冷えていて美味い。

  チリリーン…

 微かな風が起こって、風鈴が涼しげな音を立てる。
「……あ。今結構気持ち良かったですね」
 抱えていたどんぶりをちゃぶ台に置いて、イルカは目を閉じた。ほつれた前髪が一筋、そよそよと風に揺れている。
 その様子が、あまりにも気持ちよさそうで。
 カカシは思わず、手を伸ばしてしまっていた。
 ガタン、ドタッ、と重たげな音を立てて、イルカが畳の上に転がる。その上に圧し掛かりながら、カカシはちゃぶ台の脚を蹴って部屋の隅へと追いやった。
「カカシ先生……?」
 何が起こったか理解できていないのか、キョトンとした表情のままイルカが名を呼ぶ。
 それでも、無言のままカカシがその首筋に顔を埋めると、ビクリと身体が跳ね上がり、投げ出されていた手がカカシの肩を掴んだ。
「ち、ちょっとッ、イキナリ何すんですかアンタはっ!!」
「すみません、だってしたくなっちゃったんです」
「やっ止めて下さいよッ、俺まだ食べ終わってない……!」
 ラーメンが延びる〜、と色気の欠片もないことを喚いて暴れるイルカを、カカシは体重をかけて押さえ込む。
 見るからに暑苦しい濃紺のアンダーをたくし上げ、素肌に直接触れると、イルカはひゃっ、と声を上げて震えたあと急に大人しくなった。
「………イルカ先生?」
 てっきりもっとすごい罵声を浴びせられるものと思っていたカカシは、不審に思って顔を上げた。
 イルカはうっとりとした表情で、カカシの手を掴み、
「……カカシ先生の手、冷たくって気持ちイイ〜…もっと触ってください……」
 何かちょっと違う気もするが、滅多にないイルカからのお誘いに、カカシが乗らないわけもなく。
 ふたりはそのまま、畳の上で重なり合った。

 

 

「あーつーい――――――!!!」
 素っ裸のまま転がりながら文句を言っているのはイルカ。汗だくの身体は気持ち悪いし、後始末がてらシャワーを浴びたいのは山々だが起き上がるだけの体力も残っていない。
 氷水を張った桶を用意してきてくれたカカシが、甲斐甲斐しく身を清めてくれるのに任せる。濡れタオルで身体を拭いてもらうとだいぶ楽になったが、大好物を台なしにされた憤りが今になってぶり返して、どうにも治まりがつかずついカカシに当たり散らしてしまう。
「もーっ、今日はもうしませんからねッ、アンタ帰って下さい!」
「えーっっそんなぁ。イルカ先生ごめんなさい、許してくださいよぉ〜」
 苛立ちのまま喚いたイルカに、情けない声を上げて泣きつくカカシ。
 イルカのご機嫌を取るために、後日一楽のラーメンを奢ることを約束した。まだ不満気にぶつぶつ言っているイルカだが、その後「帰れ」とは言わない辺り、とりあえずはそれで治まったらしい。

  チリン、チリーン…

 そんな暑苦しいことこの上ない喧騒もどこ吹く風、と。
 窓辺の風鈴が、美しく透明な音色を奏でていた。

 

 

――――――end

 

 



カカシ×イルカリンクトップ企画投稿作品。テーマは「音色」。
先月のテーマ「夕涼み」で使いたかったネタと混同。
ほら、先月は忙しかったり体調崩してたもんで…
風鈴ネタは今のうちやっとかなあかんですからね。
しかし書いてて不安になったあたしは、いきなり相方にTELをして
「こんな話やねんけど、テーマに沿ってるかな!?」と相談したのでした。
で、OKが出たので、投稿しました(笑)
てゆーかこのカットの風鈴、ショボっ!!(苦)
'03.09.22up


 

 

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