誘 惑 〜side KAKASHI2〜
イルカ先生。 どうしても彼から「好き」と言わせたくて、きちんとした言葉を告げないまま誘いをかけるのも、これでもう三度目。 声をかければ、嬉しそうな顔をして。自室へ誘えば、恥ずかしそうに俯く。そのくせ俺を見る目は切なげで、それでも頷くのが健気でかわいそう。 言葉にこそしないけれど、俺の態度は実際、かなり判りやすいと思う。 思ってた。 他の誰に対しても無関心なのに、彼に対してだけは違う。男なら大抵の者は覚えがあるんじゃないだろうか。好きな子ほど苛めたいって感情。 俺の言動のひとつひとつに喜んだり落ち込んだりする彼を見ていると、彼が俺を想ってくれていると実感できて嬉しいし楽しい。 だけどやっぱり、嫌われるのは困るから、ギリギリそうならない程度に留めてる、つもりだ。 「ねぇカカシ、今晩空いてる?」 待機所でぼうっと物思いに耽っていたら、馴れ馴れしく腕を絡め取られた。 たぶん、一、二度関係を持ったことのある女だと思う。けどはっきり言って名前も覚えていない。 イルカ先生を好きになるまでは、こんな誘いに簡単に乗っていた。基本的に、俺は来るものは拒まない主義の男だったのだ。 くのいちで上忍で、容姿もかなりのレベル。腕に押し付けられている胸も、そうとうなボリュームだ。その上テクもバッチリとなれば、ヤるだけなら申し分ない相手だろう。 女のほうでも、断られるとは思ってもいないようだ。俺の返事も待たず、「何時ならいい?」などと訊いてくる。 極上の女を前に、しかし俺は少しも食指が動かなかった。取られたままの腕を振り払おうとして、近づいてくるイルカ先生の気配に気づいた。 正直、俺もいい加減痺れを切らせていた。何も言わないくせに、訴えかけるような目を俺に向けてくるばかりの彼に。勝手なのは重々承知の上だ。 彼が、どんな反応をするか、興味があった。 「今夜、ねえ……どーしよっかな」 「ええー? 何よ他に用でもあるの?」 女が不満げに声を上げると、ドアの手前で彼の気配が止まる。動揺しているのだろう、気配を消そうとして、消しきれていない。 もう一押ししてやろうかと思ったけど。 嘘でも、彼以外に触れるのは俺のほうが耐えられなかった。 俺は女に「また今度ね」と守るつもりもない適当な口先だけの約束をして、寛いでいたソファを立った。 慌てたふうな彼は、俺が部屋を出る前に姿を消すことができなかった。潤んだ目をした彼と、ドアの陰で鉢合わせる。 「ナーニ、イルカせんせ。立ち聞き?」 つい、そんな意地悪を言って。 彼が泣きそうに顔を歪めるのを見て、しまったと内心後悔した。 泣き顔も可愛くて好きだけれど、あんな女のことでこんな悲しそうな表情をさせたくない。 だから、それ以上そのことに触れるのは止めて、代わりに今夜の約束を取り付けた。 女を振っておいて彼を誘ったことで、少しくらい俺の気持ちに気付いてもよさそうなのに。気付かないまでも、少しくらい望みを持ったってよさそうなのに。 彼は悲しそうな表情のまま、従順に頷くだけだった。
「おいで」 いつものように差し出した手を取り、引かれるまま胸に収まる彼の身体は、女のような柔らかさも甘さもない。彼のものでなければ、触れたいなどと思わないだろう。 俺も大概ズルくて勝手だけど。 そういう気持ちを知ろうともしないで、ぶつかってみる前から勝手に諦めて、そんな泣きそうな表情をするアナタも充分ズルイよ。 駆け引きなんてカッコいいものじゃなく、これはただの意地の張り合い。 認めてしまえば、もう駄目だった。 抱き締める腕に力を込めて。びくりと跳ねて強張る肩に、顔を埋める。 「カカシ先生?」 戸惑う声に、これ以上抗えない。 誘ったのは三回目、けれど実際はもうひと月以上こんな状態が続いている。現状に我慢できないのは、俺のほうだけなのだろうか。 俺のワガママも相当なものだけど、このひとの頑固さも相当だ。 溜め息と共に、ぼやきが漏れる。 「あー……もう」
本当に。
アナタを誘ったのは、最初からアナタが好きだったからですよ、と。 とうとう白状した俺の言葉に、返事の代わりに彼が流した涙は、何度でも見たいと思うくらいキレイだった。
――――――end★
『誘惑』完結編。 カカシスキーとして、カカシ先生だけがヒドイ人みたいなままは嫌だった!(笑) やっぱS属性なカカシ先生。 つーか、いい年した大人がいじめっ子の心境って、どうなのよ? 今回のは、『あーもう』と『アナタには負ける』が書きたかった話でした。 健気乙女(?)で後ろ向きなイルカ先生も、結構好きみたいです、私(苦) '07.04.23up
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