誘  惑


 

 そんなに親しかったわけじゃない。
 彼との繋がりなんて、『新米下忍の元担任と現上司』という、そんな薄っぺらなものでしかなかった。
 だけど、俺は。

『俺、アナタに興味あるな』

 そんなふうに言って、自宅へと誘ってきた彼を拒めなかったのは、決して彼が上忍だからじゃない。
 連れて来られたのは、玄関を入って三歩も歩けばベッドに倒れこめるような部屋。
 色めいたものなど、そこには感じられなくて。多分、それだけ過酷な任務を繰り返してきたんだろうと思った。
 生活感の感じられない部屋。奥にあるドアの向こうに、きっと台所や居間のようなところがあるのだろう。だってここにはベッドと本棚と机だけしかなくて、箪笥も収納もないのだ。
 きょろきょろしていると、彼が俺の挙動不審を笑った。
「いつまでそこで固まってるんです? イルカせんせ」
 靴を脱いで、振り返らずに三歩を進んで。ベッドの上に腰を下ろす彼。
 額当てを外して無造作に放り出し、口布を下ろす。はじめて目にする彼の素顔は、想像よりもずっと整っていてキレイ。
 そんな彼からまっすぐに視線を注がれて、今更のように俺の胸が騒ぎ出す。
 彼の誘いの意味など、判っていてついてきたくせに。
 でも、俺は。

 彼は、靴を脱いだ後はじめの一歩で躓いている俺のほうへ、しなやかなその手を差し伸べてきた。
 口角が緩く持ち上がり、眠そうな、と思っていた半眼がすぅっと細められ形の良い薄い唇が、ゆっくりと開かれる。

 

「――――おいで」

 

 甘い声に、ふらふらと吸い寄せられる俺は、馬鹿だろうか。
 彼の手を取ると、ぐいっと引き寄せられ、気づいたときにはベッドの上に仰向けに倒されていた。
 俺のほうが覆い被さるような形だったのに、簡単に体勢を入れ替えられてしまった。
 間近に迫ったキレイな顔にぽうっと見惚れながら、そんなことを考える。
 優しく頬を撫でるおおきな手のひらを、そのあたたかさを不思議に思う―――彼は、俺の何に興味を持ってくれたのだろう?

 だって、俺は。
 ずっと、アナタのことが好きだったんだ。

 唇が重なる。
 何も考えられない。考えたくない。
 今だけでいい―――単なる興味本位でもいいから。

「カカシ、せんせ……」

 くちづけの合間に掠れた声で呼べば、彼はとてもやさしげに微笑んだ。

 

 

 最初の誘いが彼からの告白だったと俺が知ったのは、三度目の逢瀬のあとだった。

 

 

――――――end★

 



短めのお話。久しぶりに書きました。
ここんとこ漫画とかばっかだった気が…。
放ったらかしにしすぎてる連載も、やらなくては。
こういう、散文的(?)な…切ない話、大好きです。
もちろん両想い前提で、ですけどね!

'07.04.02up


 

 

※ウィンドウを閉じてお戻りください。※