目に見えぬ歪み

  一 話

 

 どんな長期であっても。
 カカシは戦任務の期間中に、性的な欲を覚えたことがない。
 上忍ともなれば閨の相手として下位の者が一人二人与えられたりする。くのいちがいなければ男だって当然のようにその相手をする。だがそれを、カカシはいつも全て追い返した。
 カカシが上忍になったのは、まだそんな欲求があることも知らないような幼い頃で。
 だからだろうか、任務とそういった行為とが結びつかない。もちろん、戦以外の長期任務であれば、郭に立ち寄ることくらいあったけれど。
 戦の最中に覚えるのは、血を求める衝動とそれを浴びた時の目も眩むような陶酔感のみ。
 反動のように、里に戻れば郭に直行し、気の済むまで女の肌を貪り尽くす。加減が出来ずに壊しかけたことさえある。それでも『写輪眼のカカシ』の相手をと望む女は絶えない。

 

 この時も。
 カカシは上忍としての任務を終えて一週間ぶりに里に戻ってくるなり、返り血もそのままに報告書の作成さえ後回しにして、色街へ赴くところだった。
 女の二、三人抱けばそれで済む。いつものこと。
 ――――そう。
 その道すがら、イルカに出くわしさえしなければ。

 

 イルカはアカデミーから自宅へ帰る途中のようだった。抱えた大きな封筒の中身は、残業をしても終わらせられなかった書類だろう。
 体内を荒れ狂う熱を持て余しながら、そんなふうに観察している自分を、カカシはぼんやりと自覚する。妙な冷静さが、我ながら可笑しい。
 支給服の濃紺のアンダーは黒く変色し、深緑のベストも色濃く濡れている。何よりも、白銀の髪を染めたその色。
 疑いようのない汚れを身に着けたままのカカシを、イルカは目を見開いて見つめていた。
 声をかけるな。
 カカシは音にはせずそうイルカに言った。このまま行き過ぎて。見なかったことにして。
 歩みを止めたことで、熱は行き場を求めて益々カカシの中で暴れ狂う。早く吐き出したい。この熱を、誰かの中へ。誰でも良いから。
 誰でも良いけれど、できるならアナタは汚してしまいたくないから。
 だからどうか、このまま、逃げて――――――

「お疲れ様です、カカシ先生」

 何事もなかったように。
 受付所で、報告書を受け取った時と同じ笑顔で、イルカは労いの言葉を口にした。
 ――――イルカとは、友人と呼んで差し支えない付き合いをしてきた。偶に食事に誘ったり、二人で呑んだり。
 平和な里での平和な時間。壊したくない関係、壊したくないひと。なのに。
 気がつけば、カカシはイルカの身体をその場に叩きつけるように倒し、その上に体重を掛けて圧し掛かっていた。
 ぽたり、髪に付着しまだ乾いていなかった血がひとしずく、イルカの顔に落ちる。ぞく、と背筋を駆け上る凶暴な衝動。
 意識する前に、口にしていた。

「抱かせて」
「イイですよ」

 唐突な言葉にも驚くでなく。
 イルカは己に乗りかかる血塗れの男をまっすぐ見上げ、何でもないことのように答えた。
 今夜呑みましょう、と誘った時と全く同じ調子で。
 頭の中が一気に冷めた。
 己の四肢の自由を奪ったまま固まっているカカシに、イルカがふっ、と笑った。
「………何、ビックリしてるんです」
「や、……イルカ先生ってそういうの平気な人だったんですね」
 地面に仰向けに押さえつけられているイルカは、カカシの言葉に僅かに首を傾げる。微かに、土が擦れるザリ、という音。
「意外ですか? それで言うならそちらこそ。俺みたいのにソノ気になれる人だとは思いませんでしたけど」
 茶化すようにそう言って、クスクスと笑っている。この状況が、本当に判っているのだろうか。それとも――――。
 カカシは複雑な面持ちで訊ねた。
「イルカ先生、実はこういうこと慣れてたりします?」
 それは、全くあり得ない話ではなかった。
 今はアカデミー教師として、里内に留まっていることの多い彼だけれど、中忍という立場である以上、任務を与えられることもあるはずだ。一時は前線にもいたと聞く。ならば、こういった『任務』を受けたこともあるのかもしれない。こうして誘われるのも、珍しいことではなかったのかも。
 カカシはそのような思考は持ち合わせていないので判らないが、イルカのようなタイプがモテるということもないとは言い切れない。
 それでも、何故か、彼にはそんな世界は無縁のことと思っていた。
「……いいえ」
 イルカはカカシの疑問を短く否定した。カカシに据えられた眼差しはそのまま、少しも揺らがない。
 ホッとしている自分に気付き、カカシは戸惑った。
「でも、上忍の方相手に抵抗したって無駄ですし。カカシ先生、もうソノ気になっちゃってるんでしょう」
 イルカの言うとおりだ。
 冷めたのは思考のみで、身体は相変わらず熱を抱え込んだままだ。彼の手首を掴む手に、不自然に力がこもって震えてさえいる。
 イルカの腕が僅かに軋み、ようやくその表情が苦痛を訴えると、カカシは相当な努力をして力を抜いた。
「ま、確かに今更止めてはあげられませんがね。……そうですね、利口な判断です」
 余裕のなさを誤魔化すように、わざとおどけた調子で言う。
 今、抵抗されたら、押さえ込む腕に加減が出来なくなる。すぐにもこの場で犯したいと急く気持ちを、無理矢理に抑え込んだ。
「――――場所、変えますよ」
 言うなり、痺れる腕を擦っている彼を引きずるようにして立たせ、肩にひょいと担ぎ上げる。
 わっ、と驚いて短く声を上げるのを無視して、カカシは地を蹴った。

 

 誰でも良いけれど、アナタだけは汚したくない。
 でも、そう思うことは既に、イルカを自分の『特別』枠に組み入れてしまっているということだから。

 イイですよ、と言われて、裏に隠されていた欲を引きずり出されてしまった。
 今、気付きたくはなかったこと。
 ――――――――カカシは、イルカを友人だなどとは思っていなかったのだ。

 

 

→NEXT

 



何だかなぁ…イルカ先生、何者。
そしていきなり二話目は裏です…。
てゆーかむしろ、裏用に書き始めたものなのですが。
一話目には入らなかったもんで、表に。
もっと、ひたすらただのエロ話になるはずだったのに、
一体どーしてこんなことに??(苦笑)
'03.07.22up


 

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