わなにはまる


 

「イールッカせんせー♥ おたんじょーび、オメデトウございまーすっ♥♥」
「ぎゃああああ!!」
 がばり、といきなり背後に生えてきた上忍に抱きつかれ、イルカは思わず絶叫した。
「なん、な、なに、何するんですかッ!? こんな往来で、ってか何でアンタ俺の誕生日なんか知ってんだ!!」
「愛の力です」
「アホか―――!!!」
 真面目くさった顔――と言ってもその3/4ほどは額当てと口布で覆われているので、見えるのは右目くらいなのだが――ですっ惚けたことをぬかす銀髪の男・はたけカカシに、イルカはその腕からの脱出を図りつつ情け容赦のない罵声を浴びせた。
 酷いなぁ、と嘆く素振りで、しかししっかりとイルカを抱え込んでいる辺り侮れない男である。
「俺はアンタなんかに誕生日を教えた覚えはありませんよッ!?」
 なおもじたばたと藻掻いてみるが、拘束する腕はびくともしない。
 ちくしょう、さすが腐っても上忍。抵抗するだけ無駄か。ちっ、と舌打ちを漏らして不本意ながらも身体から力を抜く。
 中忍という己の地位に別段不満を感じたことはなかったし、特に他から劣っているなどとは思っていないが、相手はただの上忍ではない。他里の手配帳に名を連ねる木ノ葉でもトップクラスの実力を持つ”写輪眼のカカシ”である。
 その抱擁から逃れることは諦めたものの、それでもやはり悔しくて、憎まれ口を叩く。
 イルカはカカシに誕生日を教えたことはない。それは、間違いない。ただでさえ鬱陶しいこの男がそんなもん知ったら、お祝いだ何だとますます鬱陶しくなるのは目に見えていたからだ。
 別に何が何でも秘密にしようと思ったわけではないが、訊ねられても「さていつでしょう?」と惚けて交わしてきたのに、一体何でバレたんだ!?
 しかし、その疑問は口にする前にあっさりと解かれた。
「ナルトに教えてもらったんですよ〜♪」
 一楽で味噌ラーメンおかわり自由。安い取引でした。
 ニコニコと上機嫌なカカシの答えに、イルカはがっくりと肩を落とす。ナルトの奴、口止めしておいたのに!!
 いくらラーメン好きでも、普通一度に五杯も六杯も食べられるものではない。精々二杯がいいところだろう。と言うか、いくら何でも簡単すぎるだろう、ナルト……。
「さ、イルカ先生。先生んち、行きましょ♥ 俺、二人きりでお祝いしたくて、色々用意して来たんですよー♥」
「や、あ、あのっ、でも俺の部屋、汚いですからッ!」
 ぐい、と肩を抱かれ、イルカは焦った。このまま二人きりになんぞなったら、正しく恐れていた事態になってしまう。
 しかしアンタなんかと二人きりになりたくない、と主張したところで、「照れ屋なんだから」などと勘違いも甚だしい思い込みをされるのがオチだ。
 両足を踏ん張ってささやかな抵抗を続けていると、やがてカカシが呆れたように言った。
「初めてラブホに連れ込まれる処女みたいなことしないで下さいよ」
「へ、へ、変な例えをするなァッ!!!」
 誰が処女だ!と怒りのあまり顔を真っ赤にするイルカに、カカシは「あーそうね。アンタ処女じゃないよね〜」と楽しげに答える。
 言葉が通じないにも程がある。
 イルカは脱力してしまい、カカシに引きずられるままよろよろと歩き出した。宇宙人とこれ以上問答しても無駄だと悟ったのである。
 カカシの言うとおり――表現はともかく――誠に不本意ながら、カカシとは一度だけだが身体を繋げたことがある。合意ではないが、レイプでもない。酔った勢い、という奴だった。
 お互いに酷く酔っていたので、さすがに同性との閨など初めてでショックではあったものの、イルカは一夜限りのことと割り切ろうとしていたのだ。
 それなのに、このクソボケ上忍ときたら。
『ねぇ、これでアナタ、俺のものですよ。ずっと好きだったんです、受け入れてくれて嬉しい』
 そんなことをほざいて、呆然としているイルカにキスをしてきたのだ。
 ――――――目の前が真っ暗になる、という現象を、イルカは生まれて初めて体験した。その日は嬉しくもない初体験の連続だった。
 それが、一ヶ月前のこと。
 あんなことは早く忘れたいのに、カカシがそれを許してくれない。何度となく「あの夜のことは間違いです」と訴えても、カカシは全く聞く耳を持ってくれない。この一ヶ月、カカシの多忙とイルカの必死の抵抗で何とか逃れてきたが、このままカカシを家になど上げたら、今度こそ逃れられないだろう。
 その気になった上忍に、しがない中忍である自分が抗う術などあるはずもなかった。
「イルカ先生、ケーキ買って行きましょっか♪」
 イルカの気も知らず、カカシは相変わらず上機嫌だ。その能天気そうな物言いは、とても名うての忍びとは思えない。と言うか、子供みたいだ。
 ――別に。カカシのことは嫌いではない。寧ろ、好意を持っている。
 けれどあんなふうに弾みみたいに肌を重ねてしまった後で「好きだ」と言われても、信じられるものではなかった。
 あの夜のことがなければ、イルカだってこの男にここまで邪険にすることもなかったかもしれないのに。
 これは八つ当たりだ。自覚はある。
 判っている、カカシだけの所為ではない。判っているけれどどうすることも出来ないのだ。

「……カカシ先生……」
「え? 何ですか? イルカ先生、ケーキ嫌いでした?」
 欲しいもの、何でも言ってくださいね。俺に用意できるものなら何でも。
 きょとんと振り返ったカカシが、笑いながら言う。
 繋がれたままの手に、知らず力が入る。
「ホントに……もう、止めて下さい。困るんです」
 ようやく押し出した拒絶の言葉に、カカシは一瞬目を瞠ったが、次にはふっとその目を細めて笑った。
 少し、哀しげにも見える微笑だった。
「………せめて最後に、アナタの大切な日を一緒に祝いたかったんですけど」
 嫌われてるの知ってて、未練たらしかったですね、ゴメンナサイ。
 苦笑混じりに言って、ぺこりと頭を下げる。
 イルカの胸がずきりと痛んだ。
 カカシはそのまま、するりと手を離し、背を向けてしまった。見慣れた、猫背気味の背中が、とても寂しそうで――――

「あっあのっ、カカシ先生ッ!! 俺、別にアナタが嫌いなワケではなくてっ……寧ろ好きで、いえそういう意味ではないんですけどあのっ……!」

 思わず、ベストの裾を掴んで引き止めてしまった。それだけでなく、言わなくてもいいことまで口走ってしまう。
 ええとええとと、しどろもどろのイルカを驚いたように見つめていたカカシが、やがてぷっと吹き出した。
「……………え?」
「イルカ先生、アナタ人が好いにも程がありますよ。そんなんでよく忍びやってますねぇ」
 あはははは、と声を上げて笑うカカシに、イルカは呆然とする。何気に酷いことを言われている気がするが、よく判らない。
 気が済むまで笑いこけた後、カカシはようやく口を開いた。
「押して駄目なら引いてみろ、って言いますでしょ。こんな初歩的な手に引っかからないでよ、気が引けるじゃない」
 ま、そんなところが好きなんですけれどね。カカシはそんなふうに言ってなおも笑っている。
「――――!!」
 カアッ、と顔が赤くなるのが自分でも判った。
 ベストから手を離し、カカシの横をすり抜けて早足で行き過ぎる。
「あれ? イルカ先生、怒っちゃいました〜?」
 完璧に面白がっている声が、追いかけてくる。イルカは聞こえない振りをした。
 本当に何て奴だろう、人をからかって楽しんでやがる。やっぱ好きだなんて嘘に決まってる、もう絶対に騙されないからなこんちくしょー!!

「イルカせーんせぇー」

 一定の距離を保って、緊張感のない声を投げかけてくる上忍を、いつかこの手で殺してやろうと、イルカは心に誓った。

 

 

――――――end★

 



何だこりゃ…(死)
中途半端なもん書いちゃったなぁ。
カカシ先生変な人…そしてイルカ先生騙されすぎ。
てゆーか、誕生日を祝うとかはどーなったんだ!?
……すみません、しかも間に合ってないかもです…(ガクリ)
'03.05.26up


 

 

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