歌を聴きたくて
本当はもっと気の利いたものを贈りたかったのだが、高価そうなものではきっと受け取ってもらえないだろうし、第一彼がどんなものを好むのかも判らない。 だから、彼が使っているのと同じものを探して、スポーツ店の包みのまま差し出した。 上手く声が出せなくて、ほとんど突きつけるようになってしまったけれど。 『………ありがとう』 しばらくの逡巡の後、そう言って受け取ってくれた彼の表情が僅かに和らいだので。 その日の練習は、常以上に張り切ってしまったのだった。 あれから、半年以上が経つ。
「ん? 海堂、今日お前の誕生日じゃないか?」 練習後、スケジュール帳をチェックしていた乾が、不意に気付いてそう言った。 表情の判らぬまま顔を上げて、おめでとう、と抑揚のない声で続ける。 「……っス」 一応先輩相手ということで、申し訳程度に頭を下げて礼をした海堂は、レギュラージャージを脱いで丁寧に折り畳み、タオルで汗を拭った。畳んで置いていた制服を取り、袖を通す。 聞きつけた菊丸が過剰に反応して、着替え途中のまま二人の方へやって来る。 「何だよ〜海堂! そゆことはもっと早く言えよなー! そしたら皆でお祝いしたのに〜」 お祝い、などと言ってはいるが、その大きな瞳からは「騒ぐの大好き!」との彼の本音がはっきりと窺える。 いや、別に俺は…と口の中でもごもご言っていると、菊丸はいきなり部室内に残っていた部員たちに向かって大声で呼び掛けた。 「よーっし! 今日はこのままカラオケ行くぞぉー!」 「ち……ちょっと、菊丸先輩っ!」 驚いた海堂が止めようとするが、菊丸は全く意に介さず、それどころか「心配しなくても海堂のお祝いだから、ちゃんと奢ってやるって!」などと見当違いのことを答えてくる。 金の問題ではない。 菊丸の気持ちは、まぁありがたいと言えばありがたいが――海堂は仲間と騒ぐ、と言うのが苦手なのだ。況して、菊丸主催では、桃城まで来てしまうではないか。何が悲しくてあんな奴とプライベートな時間を過ごさねばならないのか。 そもそも、海堂はこの後、自主練をする気満々だったのである。 その場にいた面々は、菊丸に頷いたり、手を上げたりして応えている。案の定桃城も、「何でマムシのために…」とぶつぶつ文句を言いつつも参加するつもりらしかった。 ヤバイ。サイアクだ。 しかし、何とか暴走気味の菊丸を止めようと声を上げかけた時。 「手塚っ! 手塚も来いよなっ」 いつも来ないんだから、こんな時くらい付き合え、と。 菊丸が勢いよく抱きつきながら言うのに、彼は溜め息を吐いてその腕を引き剥がしつつ。 「………そうだな」 ポツン、と呟かれた肯定に、海堂は口を噤んだ。 ――――手塚部長も、来る……? 現金な話だったが、海堂は彼が参加すると知って、もうそれ以上菊丸を止める気はなくなってしまった。 その他大勢が一緒とは言え、誕生日に部活動以外で、憧れと恋心とを抱く相手である彼と、過ごせる。 嬉しさが面に出ぬように必死になるあまり、常以上に険しい表情になってしまっている海堂に怯えて、越前以外の一年生は逃げ出してしまった。 残った者たちはそれぞれ手早く着替えを済ませ、張り切る菊丸と桃城――結局何だかんだ言いながら、彼も騒ぐのは大好きなので――に引きずられるようにして薄暗くなりかけた夕刻の街へ繰り出していった。
皆でカラオケ、とは言え皆が皆楽しみ、盛り上がるわけではなく。 主役であるはずの海堂はひたすら、ウーロン茶のグラスを傾けていた。 隣では、手塚が同じように飲み物を口にしている。 折角だからと意を決して、この席を陣取った。一番奥に座った彼の隣には、いつもならば当たり前のように大石が座る。 緊張のあまり海堂には、誰がどんな曲を歌っているのかも良く判らない。 そこだけが切り離された全くの別空間のように、二人は並んで座りながらただ無言でグラスを傾けている。 黙ったままでも、彼がそこにいるというだけでも海堂は十分だったが――ふと訊きたくなったことを口にしてみた。 「部長……、今日何で、来たんスか」 菊丸が言っていた。いつも来ない、と。なら、何故今日に限って参加しようと思ったのか。 自惚れたい気持ちと、それを否定する気持ちとがあって。やや俯き加減のまま、そぅっと窺うように横目で手塚を見遣った。 すると、手塚はほんの少し困ったような表情をして。 「…………知らなかったから」 「え………」 「今日が、お前の誕生日だと」 去年、お前は俺にプレゼントをくれただろう?と。 言い辛そうに返された言葉に、海堂は弾かれたように顔を上げた。 「別に、こんなことでお返しになると思ったわけではないが……何か、欲しいものがあれば」 「要らないっス」 考えるより先に、そう言い切っていた。 いつもは参加しない集まりに、自分のために来てくれた。それだけで、本当に十分過ぎるほど嬉しいのに。 「……これ以上もらったら、罰が当たりそうっスよ」 ポツリと。 誰にも聞こえないように呟く。 え?と不思議そうな表情をしている手塚の元へ、菊丸が「歌え!」とやって来た。 どうせなら、プレゼント代わりに彼の歌を聴かせてもらおうか。 ふと浮かんだ、らしくない悪戯めいた考えに、海堂は心の中だけで笑った。
うわーもーギリギリだぁ〜2。(死) |