目に見えぬ歪み

  十 話

 

 もはやイルカは、抑えることも忘れてただ泣きじゃくっていた。
 しゃくり上げるような呼吸の合間に繰り返される言葉が、しっかりとしがみついてくる震える手が、カカシの胸をあたたかくする。
「好き、好きです。ずっと……っ」
 カカシがイルカをはじめて抱いた、あの夜。イルカを好きだと自覚したあの日よりも以前から、イルカはカカシを好きだったと言う。
 どんな想いであんな酷い扱いに耐えていたのか。それを思えば己のバカさ加減に、自己嫌悪と後悔しか湧かないけれど。
 今日、ここへ来てよかった。
 泣いているイルカを抱き締めたことが、間違いでなくて良かった。
 カカシは泣き続けるイルカを、いっそう強く抱き締めた。
「ごめんね、最初から……変な意地張らずに言ってれば良かったよね」
 気づいたときに、想いを伝えていれば、こんな遠回りをすることもなかっただろう。イルカを、こんなにも泣かせることもなかったはずだ。
 だがカカシの言葉に、イルカは首を横に振った。
「ちがいます、俺が……。俺が勇気がなかったから。もっとちゃんとカカシ先生にぶつかっていれば……」
 カカシ先生。
 懐かしくさえある呼び名に、カカシは「ああ」と溜め息をついた。嬉しかった。ただ、呼び方ひとつで、こんなにも気持ちが変わるなんて……。
 あの日から、イルカはカカシを『はたけ上忍』としか呼ばなくなっていた。そのことが、思っていた以上に堪えていたらしい。
「もう、あんな呼び方しないでくださいね」
 耳元に囁くと、ちいさな声が「ごめんなさい」と呟いた。覗き込んだ顔は、泣きはらした所為ばかりでなく真っ赤になっている。
 いとしくて、カカシは込み上げてくる笑みを抑え切れない。
 ほんの些細なすれ違いで、歪んでしまったふたりの関係。だけど、歪んだものは直せばいい。まだ遅くはない、この先、時間はたっぷりとあるのだから。
「カカシ先生?」
「悪いと思ってるなら、いっこだけ俺の言うこと聞いてくれる?」
 不思議そうに、それでもまだどこか硬い表情で、イルカが頷く。その不安を打ち消すように、カカシはやさしくキスをした。はじめて交わす、心が通じ合った本当のキスだ。そう思ったら、軽く触れるだけのそれなのに、気持ちよくて離れたくなくなってしまう。
 頭の後ろにまわした手でイルカの髪紐を解き、下りてきたすこしぱさついた髪をそっと撫で、熱っぽく囁いた。

「疲れてるかもしれないけど、いますぐアンタを抱きたい。ね、……愛し合おう?」

 その言葉に、イルカは赤く染まった顔を俯けて、答えの代わりにぎゅっとカカシにしがみつく腕に力を込めたのだった。

 

 

「………けど、やっぱり。蒼葉さんが羨ましいかな」
「……、え……?」
 全身に施される、執拗なほどの愛撫に気を取られていたイルカが、苦笑混じりのカカシの言葉を聞き逃してしまい、問い返す。
 カカシは手の中に収めたイルカの性器をゆるりと扱きながら、「だってね」と耳元へ囁きかけた。
「死んでしまってもなお、アナタのなかからあのひとの存在が消えることはないでしょう?」
 きっと。
 この先どれほど抱き合い、愛し合っても、イルカはサツキを忘れない。悔しいけれど、一生その存在はイルカのなかに残るだろう。それは、確信。
 そしてそれが、サツキの本当の望みだったのだろう。もちろん、イルカを守りたいと思った、その気持ちも紛れもない本心だっただろうが。
「ね、俺が死んでも、アナタはずっと俺を忘れないでいてくれる?」
 無言で目を逸らすイルカを許さず、カカシが問う。
 イルカはその言葉にショックを受け、涙を滲ませた瞳でカカシを睨んだ。
「っ! そんな馬鹿なこと言うひとなんか、覚えていてあげません!」
「ごめん。もしもの話だよ。大丈夫、俺はまだまだ簡単にくたばる気はなーいよ。せっかく、アナタを手に入れられたんだし、ね」
 カカシは笑い、イルカの不安と恐れを振り払うように、そっと乱れた髪を撫で付けてやった。

「俺はアナタの思い出なんかになりたいんじゃない。生きて、アナタと幸せになるんだから」

 生きて、ふたりで幸せになる。
 それを聞いたイルカは、こんどは違う意味の涙を抑えきれず、慌てて顔を両腕で覆った。その交差させた腕にちゅっと軽くキスを落として、カカシがイルカの脚をぐっと押し開く。
 秘部をすべて曝す体勢に、いつまでも慣れぬイルカは一瞬びくりと身を震わせたが、抗わずされるがままに力を抜いた。
 双丘の狭間を濡れた指が這う。最奥のくぼみを撫でられて、イルカは思わず「ああ」とおおきく胸を喘がせた。
 慣れた手順でそこを解され、開かれてゆく。指の数が増えるたび、痛みや圧迫感以上に、この先の行為への期待で身体が震えてくる。
 すでに覚え込まされた快感からではなくて、カカシに愛されるのだという、甘い期待感。
「……ァ……っ」
 ぬぐ、ぐちゅ、と後口が立てる音に、居た堪れなくてイルカはぎゅっと目を瞑った。カカシを求めてそこがひくつくのを、止められない。なんて浅ましい身体。
 ――――けれど。

「かわいい」

 そんなふうに言われて思わず目を開ければ、とろけそうな笑みを浮かべて自分を見下ろすカカシと目が合った。
「アナタ、いつもそんな顔して俺に抱かれていたの? すっげーもったいないことした……」
 うっとりと言われた言葉に、イルカは耳まで真っ赤になった。
「ば、ばかっ……ッア!」
 悪態は掠れた悲鳴に変わった。
 ちゅぷん、といやらしい水音を立てて指が抜かれ、代わりにそこへ押し当てられた熱に、イルカは息を呑む。熱い。こんなものがいつも自分のなかに入っていたのかと驚くほどに。
 ゆっくりゆっくりと身を進めながら、カカシは喘ぐイルカをじっと見つめていた。
「……なんてゆーか、さ。最初は顔見るの辛くて見ないようにしてたし、途中からは後ろからばっかだったし……。イルカ先生がこんなやらしー顔してたなんて知らなかった」
「や……っ」
 恥ずかしくて再び顔を隠そうとすれば、その腕を掴まれ、「ダメ、見せて」と笑い混じりに咎められる。
「ぜんぶ見せて。今日はアナタのぜんぶを愛したいんだ」
 いままでとは違う、本当に心から抱き合っているのだから、と。
 カカシの言葉を耳にしたイルカが、目を潤ませる。
「カカシ先生……」
「好きだよ。好き。好き……イルカせんせ」
「……っ、お、れも……好きです……」
 きついくらいの抱擁に応えながら、イルカは涙を流した。悲しみや苦しさからのものでない、喜びの涙を。

 

 目に見えぬところで歪んでいった『何か』。でも、カカシといれば、そのゆがみもきっと元に戻すことができる。

 いまはもう、蒼葉サツキを気持ち悪いなんて思わない。むしろ、感謝さえしている。いまこうしてカカシと想いを通じ合い、抱き合えるのも、彼のおかげだと思えるから。
 こんな自分を好きでいてくれてありがとうと、慰霊碑の前で礼を言いたい。その時には、カカシと共に。きっとカカシも、頷いてくれるはずだ。

 イルカは微笑み、カカシの首に腕をまわして、行為の続きを強請るようにぎゅっと強く彼を抱き締めたのだった。

 

 

 



長らくお待たせして申し訳ありませんでした。
『歪み』、ようやく完結です!
どんだけ長引いてんですか、これ。
そして終わってみればなんて薄っぺらい話だろうか…!(>_<)
でもでも、何とかこれでお仕舞い。ハッピーエンド。
つか、ぬるいですが一応裏で。
…裏で最終話とかってどーゆー話なんだと思わんでもないですが、
この話はもともと「裏やりたい」と考えたネタでした。
つーわけで。
まあいっか!(そんな締めか!/死)
あ、どーでもいいけどもうすぐあたしの誕生日…また年取るのか…OTL
'05.10.03up


 

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