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その三日前にはじめて身体を繋げたばかりで、まだ完全に本調子でないイルカに対して、挿れない代わりに口でシテ、と当たり前のようにカカシはねだったのだ。 びっくりして「出来ない」と言うと、カカシはあっさりと「じゃあ女でも買ってきます」と応えた。 アナタが抜いてくれないなら仕方ないでしょう、そう言われて、イルカは泣きながらカカシの要求に従うことにしたのだった。 そもそも最初から、この関係はイルカのほうに分が悪い。 一ヶ月前、イルカのほうからカカシに告白をした。緊張していたイルカは、上忍待機所でいきなり大声で「付き合ってください」と口走ってしまった。 すぐに気づいて、うろたえた。本当は誰もいないところへ呼び出して、「好きです」とだけ告げるつもりだった。それなのに、アスマや他の上忍たちもいる中で、身の程知らずにも付き合ってほしいなどと言ってしまったのだ。あまりのことに泣きそうになりながら、すみませんっと叫んでその場を逃げ出そうとしたとき、カカシが急に腕を掴んできた。 『何で逃げるの。いいですよ、付き合ってあげます。セックス込みのお付き合いと思っていいんでしょ?』 額当てと口布で覆われた中で唯一うかがえる右目が、にこりと細められる。 付き合いましょう、ではなく、付き合ってあげます、と言われて、ついイルカは真っ赤な顔のままとっさに「ありがとうございます」と礼を言ってしまった。 もともと先に惚れたほうの負け。そこへさらに、自分の立場の弱さを決定的にしてしまった瞬間だった。 そのためいつまでたっても、イルカのなかで『付き合ってもらっている』という意識が消えない。 嫌われたくない、愛想を尽かされたくない。だからカカシの言葉に、どうしても逆らえないのだ――――。 はじめて間近で見る他人の性器は、なんだか別の生き物みたいに思えた。自分のものとは、まったく違って見える。まだしなだれたそれを手にして固まっていると、早く、と少し焦れた声が降ってきて、イルカは慌ててそこへ唇を寄せた。 本当はこんなことしたくないけれど、女のところへ行かれるくらいなら従うほうがマシだ。イルカは目を瞑って、先端を口内へ銜え込んだ。 口淫の経験など、もちろんない。任務先で命じられたこともなかったので、銜えたもののその先が判らなくてイルカは恐る恐る舌を動かしてみた。少しずつ喉奥へと迎え入れながら、たどたどしい手つきで根元のあたりを擦る。口のなかで大きくなる熱棒に息苦しくなって、鼻から抜けるような呻き声が漏れた。 「……ふ、ぅ……ぅんっ……」 「イルカ先生、出来ないなんて言ってたくせに、いきなり銜えてたね。もしかして誰かのしゃぶったことある?」 耳の後ろを擽るようにしながら、からかう口調でカカシが言う。その言葉にショックを受けて、イルカは泣きそうな目でカカシを見上げた。 やれって言ったのはカカシ先生じゃないですか。こんなこと、こんなもの、カカシ先生のでなければ死んだって口にしたくないのに。 そんなふうに、責めるつもりで睨んだのに、カカシは小さく呻いたあと薄く笑って、 「スゴイ、やらしーカオ……。危うくイッちゃうとこでしたよ」 イルカはかぁっと顔を赤くした。堪えきれず、涙が滲み出す。それをカカシから隠すように、目を伏せた。 ひどい。なんで、そんな辱めるようなこと。 しばらく続けて、舌や顎が痺れてきた頃、息を詰める気配がしてようやくカカシが達した。口のなかに射精され、とっさに吐き出せず流れ込んでくるまま飲み下すと、またもカカシが嘲るような言葉を吐いてくる。 汚れた口元をぬぐい、咳き込みながら、イルカは涙を落とした。まるで憎まれてでもいるようだ、と思った。 ――――どうしてこのひとは、俺と付き合ってくれる気になったんだろう? はじめて抱かれたときもそうだった。慣れない愛撫にたやすく翻弄されるイルカを、「ホントに初めて?」などとからかってきたりした。 行為自体は、やさしかった。初めてなのにどうにかなってしまうのではないかというほど蕩けさせられ、挿入時には痛くてどうしようもなかったくせに最後には前に触れられることなく達してしまったほどだ。恥ずかしかったけれど、達したあとの身体をぎゅうと抱きしめられ、くちづけられたときには、間違いなくしあわせだと感じていた。 しかしすぐにカカシは、後ろへの刺激だけで達ったイルカを「淫乱」と罵った。素質があるのだとも言った。 そしてイルカを独り残し、シャワーさえ使わずさっさと帰っていってしまった。 その三日後にこれだ。一体、カカシは自分をどうしたいのだろう。イルカが豊満な肉体を持つ女性や、あるいは美少年だというのならともかく、性欲処理が目的だなんて本当にあり得るだろうか。それだとしたら、一ヶ月の間何もしてこなかったのはどうしてなのか。最初の言葉が言葉なだけに、実はその日にでも求められるかと密かに身構えていたのに、カカシは本当の恋人のように少しずつ時間をかけて距離を縮めてきた。 たぶんそれがいけない。愛されているのではと錯覚したあとにこの仕打ちは、あまりにも辛い。 期待させて、突き放す。そんな残酷な真似をされるほど、憎まれているとでもいうのか。 イルカはとうとうしゃくりあげながら、どうして、と呟いた。こんなひどいことをしてまで、どうして。 「どうしてアナタは、俺と……俺と付き合ってるんですか……っ」 「アンタこそ、なんで俺に付き合ってなんて言ったの」 問いに問いで返されて、イルカは目を見開く。いまさらそんなふうに訊ねられるとは思わなかった。 なんでなんて、そんなの決まってる。 「俺、俺は……っアナタのこと好きで、だから……」 最後まで言い終えることは出来なかった。 突然引き寄せられ、あっと思ったときにはカカシの腕の中に抱き込まれていた。そのまま痛いくらいに抱きしめられる。あまりにきつく容赦のない抱擁に、一瞬抱き潰されるかと思ったほどだ。 びっくりして、困惑して、何も言えずにされるがままになっているイルカの耳元で、吐息のような呟き。 「………やっと言ってくれた」 どこか満足げな響きに、イルカはますます混乱した。やっと? やっとって、どういうことだ。自分は最初から、カカシを好きでいたじゃないか。 だから付き合って欲しいって―――――― 「……え? あれ、え??」 そこでイルカは、はたと気づく。まさか、いやでも、そんな。 「俺……好きだって言いました……よね……?」 「きいてませんよ。さっきのと、今ので二回目です」 恐る恐る問えば、抱きしめられたまま頭の上から憮然とした声での答えが返ってきた。 「うそっ!?」 思わず顔を上げると、「嘘じゃないです」ときっぱり言い切られる。イルカは必死で告白のときの状況を思い出そうとした。 そう、さいしょは好きとだけ告げるつもりで……呼びかけようとした。でも、とっさに口をついて出たのは……? イルカは青くなった。なんてことだ、言いそびれたまま―――いままでいちどもこんな大切なことを言わないままでいたのか、自分は。 「アナタがねぇ、「付き合って」って言ったとき。俺、実はかなりショックだったんですよね」 カカシがまたイルカを抱きしめなおして、話し始めた。動揺を隠せないまま、それでもイルカはそれに耳を傾けた。こんなふうにカカシが話をしてくれるのなんて、付き合い始めてからはなかったのだ。 「アナタも今までの奴らみたいに、俺の情人って立場がほしいだけだったのかなって。だって俺ねぇ、アナタのこと好きだったんですよ、ずっと。だから裏切られたような気がして、腹が立って。それでつい意地悪しちゃって」 ゴメンネ、いっぱいヒドイこと言って。 カカシは困ったように、それでいてとても嬉しそうに笑って言った。 「アナタがそんなこと思ってたんじゃないことはすぐ判ったけど……、だからやっぱり大事にしたくてすぐには手を出せなかったりしたんですけどね。でもどうしても、アナタからちゃんと聞きたかったんです」 イルカは真っ赤になった顔をカカシの胸に埋めたまま、動けなくなっていた。はじめて聞く、甘くてやさしい声。それだけでも泣きたいくらいなのに、その声で語られる内容は、イルカを死にたいほどしあわせな気持ちにさせてくれる。 けれど同時に、カカシにいままでヒドイコトを言わせたりさせたりしていたのが自分自身だったことが、恥ずかしくて申し訳なくて仕方ない。 しかもカカシは、イルカのことをずっと好きだった、と言ってくれたのだ。 じわじわっと、嬉しさがこみ上げてきて。 イルカはカカシの背に腕をまわして、ぎゅうっと抱きついた。 夢みたいです、震える声で呟けば、優しく髪を撫でられる。ゴメンネと、何度も謝られて、イルカはかぶりを振った。 カカシの言動にひどく傷つけられたのは確かだけれど、そんなことどうでもいいと思えるほどに今、しあわせなのだ。気にしないでほしいと言うと、急にがばっと身を引き剥がされた。 「ダメ。お詫び、させて」 えっと思ったときにはころりと仰向けに転がされ、下衣にカカシの手がかかっていた。うろたえる間もなく、そのままずるりと下着ごと引きずり下ろされる。 「かっ、カカシ先せ……っ」 「俺にもアナタの、舐めさせて」 「だっダメです、そんなことっ! しなくていいですっ」 真っ赤になって拒もうとするのを易々と押さえ込んで、カカシはためらいなくイルカのものを口にした。温かく湿った感触に包まれ、正直なそれはぐんと大きくなった。焦らすつもりのない愛撫は、イルカをあっという間に追い上げてしまう。 「あっあっあっ……カカ、シせ……っゃあン……っ!」 唇と舌を巧みに使って追い立てられ、イルカは呆気ないほど簡単にカカシの口内に精を放った。びくびくと震えたあと、脱力した身体はすぐにあたたかな腕の中に包み込まれる。 「ふふ、スゴク可愛かったですよ」 「も、もうっ……ヘンなこと言わないでください………」 ちゅっと音を立てて頬にくちづけられ、慣れぬ甘い睦言を囁かれて、イルカは恥ずかしさに身を縮めた。 カカシは小さく笑みを零すと、するりと手を滑らせてイルカの尻をやわらかく揉んだ。ひゃっ、と頓狂な声を上げて竦みあがるのを宥めるように、首筋にキスを落とす。 「アナタのココが癒えたら、もっと可愛いアナタを見せてね」 今度はちゃんと、恋人として愛させて。 カカシの言葉に赤くなったイルカは、それでも数秒後、こくりと頷いて見せたのだった。 ホントウはいますぐにでも愛して欲しい、なんて――――もしかしたら口にはしなくても、カカシには判っているのかもしれないけれど。
end.
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…やはり前後編に分けるべきだったか…? しかも何か、またしても本番ナシ! 裏のくせに!!(苦) 気が向いたら、続きを書くかもしれないですが、 この後はただ蛇足のイチャエロになっちゃうからなぁ…。 「好き」ってたった一言が、とっても大切。と言うお話でした。 '04.08.17up
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