STORM

 

「リョーマ様ぁー! 頑張ってー!!」

 フェンス越し、女生徒の黄色い声に視線を向ければ、いつもの元気の良い少女がリョーマに向かって手を振り回している。その隣で彼女の親友が困ったような表情をしていた。
 当のリョーマは彼女らに目も向けないというのに、そんなことは全く気にしていないようだ。
「おチビちゃんてば、モテてるにゃ〜」
「毎日毎日、凄いパワーだね、彼女」
「もう一人はバーサンの孫っスよ。俺なんかはあの娘の方が越前に似合うと思うんスけど」
「甘いにゃ、桃! おチビみたいのにはあのくらい強引に押さにゃいと」
 出番待ちの菊丸、不二、桃城が無責任な発言をしているのを咎めることもなく、同じくコート脇に立っていた手塚は珍しく彼らの私語を容認していた。
 本当は聞いていたくなどなかったが、次の試合は自分と不二。今から彼らを走らせたのではそれに間に合わないし、このコートで行われるのでここを離れるのも不自然だ。
 コート上では、リョーマが大石と試合をしていた。
「きゃー、すごいすごい、リョーマ様ぁー!」
 ポイントが入るたび、少女がはしゃぎ、飛び跳ねる。時には隣にいる少女と手を取り合って。
 手塚は、拳をぎゅっと握り込んだ。

 

 サラリ、と肌を滑る布の感触に、手塚は眉を寄せた。
「……ったく、お前は……」
 咎める口調には諦めの色が濃い。拒む気はないけれど、少し、あんまりではないかと思う気持ちもなくはない。
 非難する響きを感じ取ったリョーマが、伏せていた顔を上げた。
「何?」
「二人きりになった途端、いつもすぐにコレだ。他にすることはないのか?」
「ないよ」
 他人の目がなくなるとすぐに身体を求めてくるリョーマに、感じる不満を隠せない。手塚は、もっと精神的な繋がりを求めているのだ。
 だが、そんな手塚の想いも知らぬ気に、リョーマはあっさりとそんなふうに返した。
 手塚を見つめる眼差しは、飽く迄真摯なものだったけれど、あまりな答に手塚は絶句する。
「……大好きなアンタがこんなに傍にいて、二人きりで。触れたいと思うのは当然っしょ」
 釦をひとつ残らず外し終え、シャツを肩から滑り落とすと、リョーマは目の前の艶やかな肌に顔を埋めた。
「越前……!」
「もう、黙ってて下さいよ。……アンタを感じたいんだ」
 小さな手のひらが、手塚の口を塞いだ。
 言葉が届かない。
 リョーマは、手塚の想いを拒むように、ただ性急に行為を進めていく。身体を繋げるためだけのような、触れ合い。
 ――――こんなのが、恋人と呼べるのだろうか。
 手塚の脳裏に、先日見かけた光景が過ぎる。
 頬を染め、吃りながら必死に話す少女。時折はにかんだように微笑み、目の前の相手を見つめる。
 視線を受けるリョーマは、彼女の方を見もせず、ただ気のない相槌を打つだけだけれど、彼女の言葉を遮ることなく聞いている。
 長いおさげの少女。身長もリョーマと釣り合っていて、誰が見てもお似合いの恋人同士だった――。
 その時の胸の痛みが再び襲ってきて、きつく瞑った目尻に、知らず涙が滲んだ。
「部長?」
 全身を小刻みに震わせ始めた手塚の様子に気付き、リョーマは手塚の口を塞いでいた手をそっと離した。快感からの震えではないことは、暴いた下肢の状態を見れば明らかだ。常ならば、リョーマが触れる頃には頭を擡げているそれは、未だ反応を示していない。
 ぽたり、手の甲に零れた雫に、驚いて顔を上げる。
「………ちょっと……何、泣いてんスか……アンタ」
「他人の話を聞かない奴に……っ何を言ってもムダだろうっ」
 正確には、リョーマは手塚の言葉だけを聞かない。何を言おうと、結局自分の思うとおりにしてしまう。
 求められるその時には一度は拒むけれど、手塚も本気で嫌だと思っているわけじゃないから、今まではそれでも良かった。
 けれど、あの少女との場面を目にした後で、明からさまに”ソレ”だけを目的としているかのように振舞われるのは、辛かった。身体だけが手に入れば良いのだと、そう言われているようで。
「お前は…っ、ただこういうことがしたいだけなんじゃないの…――――っ」
 最後まで言うことはできなかった。
 呆然と手塚の涙を見つめていたリョーマの目がスッ…と細められ、途端に一変した雰囲気に、言葉が凍りつく。
「……面白いコト言うね。部長」
 無理に押し殺したような低音は、笑みさえも含んでいた。それでも、手塚を見下ろす目は、少しも笑っていない。冷たい、眼差し。
 怯みかけた手塚は、逸らしそうになる視線を必死でリョーマに据えた。
「お前は俺の言葉を聞かないじゃないか! あの子の言葉は聞くくせに……っ」
「あの子?」
 一瞬、らしくない手塚の言葉に目を瞠ったリョーマは、再び目を細め、手塚自身判らなかった感情の正体を言い当てた。正確で綺麗な発音が、皮肉気に歪められた唇から綴られる。
「……そう。ヤキモチ、妬いたんだアンタ。俺の気持ち、疑ったんだね」
「――――!」
 声を発する間はなかった。
 辛うじて後ろ手に上体を支えていた両腕を捕らえ、支えを失ってシーツの上に背から倒れ込んだ手塚の頭の上で一纏めにして押さえつける。
 力なら手塚の方が遥かに上だ。だが、リョーマは手塚が我に返る前に捕らえた両手首をタオルで縛り上げてしまった。
「え、越前……っ!」
 小さな身体に圧し掛かられて、ようやく何が起こったかを理解した手塚は、呆然とリョーマを見上げた。
「アンタ、一体今まで俺の何を見てたの? 俺の言葉の何を聞いてたの?」
 あんなに好きだと言ったよね……?
 怒りを抑えようとして、失敗したような声。表情には冷たい笑みを浮かべたまま、手塚の首筋を手のひらで撫で上げていく。
 理不尽だ、と思う。いつだってリョーマは、手塚の周りのあらゆるものに下らない嫉妬をしては、手塚を責めていたくせに。手塚のそれは許せないなんて。
「話を聞かないって言ってたね。アンタを前にして、アンタのことを大好きな俺が、そんな余裕。あると思う? それに話を聞いてなかったのはアンタもじゃん」
「……やめ、越前っ」
「俺がどんなに言っても、態度で示しても、アンタには伝わってなかったようだから。カラダに教えてあげるよ。俺のこと、二度と疑ったりできないように」
 手を這わせた後を、唇が追う。時折きつく歯を立てられて、手塚は悲鳴を押し殺せない。
 引き離すことも、縋ることもできない状態が、不安で、もどかしくて、寂しかった。拒むことはおろか、応えることさえ許されない。
 見開かれた瞳から、涙が溢れ、零れ落ちた。
「嫌だ……越……っ」
「泣いてもダメっスよ」
 リョーマの唇が、開かせた下肢を捕らえた。いきなり銜え込まれて、息が詰まる。
「部長が悪いんだからね。俺を疑った、アンタが―――」
 酷いことをされているはずの手塚以上に、泣き出しそうな哀しげなリョーマの声。
 くぐもったそれを耳にして、手塚は強張っていた全身から力を抜いた。

 

 嵐のようなリョーマの激情から解放された頃には、手塚は半ば意識を失いかけていた。
 ぐったりとなった手塚の様子に、ようやく頭が冷えたのか、先程から甲斐甲斐しく手塚の世話を焼いているリョーマからは、それまでの激情の残滓も窺えない。次第にハッキリしてきた意識の中、手塚はリョーマに気付かれぬよう苦笑を漏らした。
「部長、大丈夫? ゴメンね」
 手塚の身体を丁寧に清めながら、リョーマはただそれだけを繰り返している。
 言い訳をしない。
 ただ無理を強いた身体を労わるリョーマは、子供とは思えないほど潔く、とても誠実だ。
 どんな目に遭わされても、理不尽な言いがかりをつけられ責められても、こんな態度を取られてしまえばもう腹を立てることもできない。
 愛されているのだと、そう実感できる瞬間だ。
 時折暴走する嵐もリョーマの一片なら、自身を翻弄するその嵐ごと彼を受け止めたいと思う。
「………越前………」
 掠れた声が、自分のものではないようだ。
 タオルを絞っていたリョーマが、気付いて手塚の顔を覗き込んでくる。
「部長? どうしたの。どこか気持ち悪い?」
 心配そうな言葉に、手塚は黙って首を振った。
 伝えたい言葉があった。けれど上手く伝えられる自信がなかった。困って視線を泳がせると、リョーマが代わりに口を開いた。
「……あのさ。たまには、話しようか。やっぱり俺、もっとちゃんとアンタのこと知りたいよ」
 照れたように少し早口で言うリョーマに、手塚は僅かに目を瞠り、次いで微笑んだ。
「ああ、……そうだな」

 いつかちゃんと言ってやろうと思う。
 こんなにもお前のことが好きだと。もっと、上手く言葉にできるようになったら、きっと――――。

 

 

 


第二弾は、久々のリョ塚です〜
うちでリョ塚と言うと、独占欲剥き出しのガキんちょ王子。
今回はくーにゃんにヤキモチを妬いてもらいました〜!
もしかして意外に思われた方もいるかもですが、
うちの王子は自分は妬くけど相手が妬くと怒るタイプです。
こんなに好きなのに信じてくれないなんて!!と言うタイプ。
うっわータチ悪ィ〜(笑)


 

 

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