存在が消える。
BAD TRIP〜後編〜困惑に揺れる、紫の瞳。意味がよく、判っていないらしい。 愉しすぎる。 捲簾は殊更にゆっくりとした足取りで歩み寄り、ベッドの上に胡座をかいて座り込んだ。 不安げな表情でその動きを見守る”彼”に、笑みを向けて。 「ナメて、悦くしてって言ってんの」 乱暴に髪を掴んで、引き寄せる。 不意のことで抗えなかった”彼”は、引っ張られた勢いのまま捲簾の脚の間に倒れ込んだ。 そこに至ってようやく捲簾の言葉の意味を理解したのか、真っ赤になる。 「したこと、あるでしょ? 俺のコイビトだったんだし?」 留め具が外れて流れ落ちた金糸を一房手に取り、口付ける。 そして、身を固くして動かない”彼”の耳元に唇を寄せ、甘ったるく囁きかけてやる。 「シて。金蝉」 この数日天蓬から聞かされ続けて、ようやく何とか覚えたばかりの名を、口にする。途端、大袈裟なほどに身を震わせた”彼”――金蝉は、しばし躊躇った後捲簾の股間へとそっと手を伸ばした。 その手首を無造作に捕らえた捲簾は、ポケットから取り出した細紐で金蝉の両手首を纏めて括り上げてしまった。 「け……捲簾っ!?」 怯えた声を心地好く聞きながら、優しげな笑みを浮かべてみせる。 「ベルトと釦は外してやるからさ。全部、クチでやってみな?」 泣き出しそうな瞳で捲簾を見上げた金蝉は、しかし彼の冷め切った眼差しに出会うと、諦めて目を伏せた。 初めての行為に時間はかかったものの、何とかジッパーを下ろして下着をずらし、捲簾自身を取り出す。一瞬躊躇ったが、僅かに頭を擡げ始めていたそれに舌を這わせた。 されたことなら幾度となくあったが、するのはこれが初めての金蝉は、必死に自分がされていたことを思い出そうとするが、うまくいかない。初めて正面に目にする捲簾のものは自分のそれと同じものとは信じ難かったが、とにかく懸命に舌を動かした。 「……先だけ舐めてたってしょーがねーだろ。ちゃんと銜えてよ」 言われるまま、先端を口に含む。括れの辺りまでを銜え込んだが、そこからどうしていいか判らない。 焦れた捲簾は金蝉の頭を押さえつけ、喉奥まで一気に侵した。 「っん……ぐっ……!」 「ヤル気あんの、あんた? これじゃいつまで経っても悦くなんねーじゃん」 冷淡な声で言うと、勝手に快楽を追い始める。金蝉の頭を引き上げ、また押し付ける。苦しげな金蝉の呻きは無視した。 後ろ手に縛られた金蝉はもがくもがくこともままならず、捲簾の手に翻弄されるしかなかった。口内で大きくなっていく捲簾のものに喉を塞がれ、呼吸もまともにできない。きつく閉じた目尻に、知らず涙が滲む。 「……っ、くっ……」 やがて絶頂を迎えた捲簾は、金蝉の口から自身を引き抜いた。低い呻きと共に弾けた熱が、金蝉の顔面にぶちまけられる。 呆然としている金蝉の白濁に塗れた頬に手を宛がって上向かせ、捲簾は嘲笑った。 「イイ表情、すんじゃん」 瞬いた拍子に転がり落ちた涙にも、少しも心を動かされない。 ――――どうかしている、と思う。誰にでも優しくできるような偽善者でもないつもりではあったが、自分に対して何をしたわけでもない”彼”に、それでももっとヒドイコトをしてやりたくなってしまう。 天蓬の言うように、確かに自分の頭は今、大いに問題があるようだ。 「そっちに洗面所あるから、使えば?」 「…………」 戒めを解いてやり、手早く自身の後始末を済ませた捲簾は、それきり金蝉の方を見もせずに煙草を銜えた。 そんな捲簾に物言いたげな視線を向けた金蝉は、しかし唇を噛んで目を逸らすと、のろのろと身を起こした。言われたように汚れた顔を洗い、拭ったタオルにそのまま顔を埋める。 情けなくて、涙が出そうだった。 「またよろしく♪」 笑い混じりの言葉から逃げ出すように、部屋を出る。 非道いことをされた、と思う。だって今の捲簾は、自分のことなど何とも思っていないのだ。 この行為は、『恋人なら当然するもの』と教えられた。けれど、どう考えたって今の自分たちは恋人同士でなどありえない。それを教えたのは、他ならぬ捲簾であったのに。 優しさの欠片もない行為、少しも温もりを感じられなかった冷たいだけの声と、手のひら。 まるで悪夢のようだった。否、悪夢ならばどれほどマシだっただろう。これは、決して覚めることのない、現実。 自分は記憶の中からだけでなく、捲簾の心の中からも消し去られてしまったのだ。 金蝉は彼のいる空間から少しでも早く離れたくて、後ろ手にドアを閉じると駆け出した。
悪夢の始まり。 |