いつもと違う夜



 また、振られたらしい。
 このアホは、女に振られるたび俺のところへ来て、甘える。泣きそうな顔でそうされると、俺はいつも拒めなくて。

「ゾロぉ……」

 俺の上に、我が物顔で乗っかる男を、熱に浮かされたように見上げながら、どうしてこうなってしまったのかと思う。今更だけれど。
 幼馴染み、というよりも腐れ縁の悪友と呼ぶのが相応しい間柄だった。
 寄ると触るとケンカばかりで、仲の良い友人だった覚えなど、欠片もない。口を開けば悪態を吐き、目が合ったと言っては睨み合う、けれどそんな相手を、俺は心底嫌ってはいなかった。
 だからと言って。

「お前が女の子だったらなァ……絶対恋人にして、そんでずっとお前だけでいいのに」
「……こっちが願い下げだ」
 下らない嘘をつく男から目を逸らし、冷たく返す。
 ありえない『もしも』話は嫌いだし、このタラシがいつまでもひとりの女で満足できるわけもないのだ。
 今回振られたのだって、どうせ原因はこいつの浮気だ。あるいはそこまでいかなくても、彼女の前で他の女に愛想をしていたとか、そんなのだ。
 いつもいつも同じような理由で女と別れているくせに、このアホは、いつまで経っても懲りる様子がない。
 そのたびに振り回される俺の身にもなれ、と思う。
 アホ男は酔いに潤んだ目で、にやりと笑った。
「ひでェこと言うなよ――慰めてくれンだろ? いつもみてェに」
 男にしては細くて、けれど女よりもしっかりとした手が、シャツ越しに胸元に触れる。手のひらで撫で上げるようにされると、勝手に身体が震えた。
 顎髭をうっすらと伸ばした、整っているけれど紛れもない男の顔が、ゆっくりと近づいてくる。
 長く伸ばした前髪で覆われて、左目は見えない。それでも、窺える右目だけでも、こいつがしっかり欲情しているのが見て取れて。
 さらりと揺れる金の髪。端が渦巻いた不思議な形の眉、その下の右目の色は、深い深い海の色。鮮やかな色彩に目を奪われているうち、唇を塞がれた。

「ゾロ」

 名を呼ばれ、目を瞑った。
 俺の気持ちを知っていて、こんなときばかり利用する最低な男を、どうしても拒みきれない。それは、俺自身の弱さだ。
 求められて、嬉しいと感じてしまう。
 傷つくたび、必ず俺の元を訪れるこいつを、愛しいと思ってしまう。

 

 俺の、望みのない想いは、初めてこいつに縋りつかれた、三年前に始まった。否、自覚させられた。
 こうして、自棄酒に酔ったときしか、俺を求めない男。見え透いた、下らない嘘しかつかない男。俺が、想いを口にしない限り、こうして利用し続けるつもりだろう。
 だから、俺は、決して言わない。気づかれていると判っていて、それでも口にすることはない。
 こいつがいつか、本当に心底惚れた女に出会うまで。
 俺を求めることがなくなるまでは。

 

 

「お前のココ、女の子みてェだよなァ。濡れるようになっちゃったし。……俺のせい? それとも他の奴?」
 ぐりぐりと後ろを抉り、掻き回しながら、アホが言う。『他』なんていないことくらい、知っているくせに。
 俺は、生理的な涙に滲んだ視界の中、奴の表情を確かめようとする。手を伸ばすことはしない。両の腕は、傍らに投げ出したまま。
 下肢を抱え込まれ、そこしか必要ないというように、後ろばかりを弄られる。そんなことに傷つくのにも、もう飽きた。なるべく何も、考えないようにする。
「ゾロ。な、もう……挿れてイイ?」
 俺は目を閉じ、自分から腰を押し付けた。無言で促す俺に、奴が少し笑ったらしいのが、気配で判った。
 指が抜き出され、代わりに熱いものが宛がわれる。強張りそうになる身体から、俺は苦労して力を抜いた。
 すぐに、体内を熱が満たす。
 それを、この男のすべてだと、今だけでも思い込んでいたかった。行為が終われば、虚しさを覚えるだけだと判っていたけれど。
 思わず伸ばしかけた手を、とっさに握り締めたら、拳ごと包み込まれた。おおきくて、少しだけひんやりとした手。
 どんな顔をして、こんなふうに俺の手を握っているのだろう。気になって、薄く目を開けてみた。
 欲に塗れていると思っていた男は、驚くほど優しげな笑みを浮かべて俺を見下ろしていた。
「……サンジ……?」
「うん」
 呼びかけに、よく判らない応えを返し、キスをしてくる。それは、これまで交わしたどんなキスとも違っている気がした。
 奴は俺の口内を差し入れた舌で探りながら、中途半端に反応している俺のものに触れてきた。そこに触れられるのは初めてで、驚いて反射的に身を引きかけるが、その前にしっかりと握り込まれてしまう。
 問う目を向ければ、笑んで返され、何が何だか判らない。

「女の子じゃなくても、イイかも」

 くちづけの合間、吐息が触れる距離を保った唇は、意味不明のことを囁いた。

 

 

 そして翌朝、俺が目を覚ますと、いつもは決して泊まってはいかない奴が、何故か上機嫌で朝食の用意をしていて。
 寝起きでぼんやりしつつも疑問符を浮かべている俺に、照れながら奴が言った言葉は、あまりにも衝撃的だった。

 

 とりあえず、これまで散々無駄に悩まされた分、しばらくはこの部屋への立ち入りを禁止にしてやろうと思う。

 

 

 

 

      ――――END

 



このままだとサンジさんがわけの判らない、サイテー男のままになっちゃいますので、
サンジさんSIDEのお話もそのうち考えようと思っています。
…しかし、相方にネタを話したときと、オチが微妙に違う…(爆)
もっとすれ違いLOVEっぽかったはずなのに??
パラレル第2弾は、幼馴染み?
一応、高校生同士なんですが、大学生でもいいです。
むしろ大学生っぽい?(「?」多いな)
とりあえず、社会人ではないつもりで書いてます。
'08.08.05up


 

 

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