太陽のひとかけら

 

 下忍選抜の合格を果たしたその日、演習場からの帰り道。
「イルカ先生は、俺の太陽なんだってばよ」
 照れくさそうに笑って、仔狐が言った。
「ナルト、あんたそれ、かなりサムイわよ!」
 本当に寒そうに自分の身体を抱き締めて腕を擦るサクラに、ナルトが情けない表情をする。
「だ、だってだってホントなんだってばサクラちゃん!」
「………ウスラトンカチ」
「何だとぉーサスケェー!!」
「あー、ホラホラお前たち。馬鹿なケンカしなーいの」
 呆れ果てたと言うような溜め息と共にお決まりの台詞を呟いたサスケに食って掛かるナルトの頭を、書類の束を丸めてポコン、と叩く。
「痛ェ! 何すんだってば! ……カカシ先生、それ何?」
「ん? ああコレか? コレはな、お前たちが合格したっつーことを火影様に知らせる報告書だ」
 丸めていた束を広げて、それぞれの名前が記入してある部分を見せる。背伸びしてカカシの手元を覗き込みそれを確認したナルトは、嬉しそうに顔を輝かせた。
「あのさあのさ! 俺ってば、ホントに忍者になったんだよな!? イルカ先生に俺も報告しなきゃ!」
 そんで、一楽でラーメン奢ってもらおーっと。
 はしゃぐナルトを、サクラが冷めた目で見遣る。
「ナルト、あんたねぇ。そーやっていつまでもイルカ先生にたかるの、止めなさいよね」
「いーのいーの。お祝い、お祝い」
「あ」
 付き合いきれないとばかり二人を無視して先に行こうとしたサスケが、前方に何かを見つけた様子で声を上げた。
 カカシがその目線を辿り、行き着く前にナルトが気付き、そちらへ向かって駆け出した。

「イルカ先生!!」

 飛びついてくるナルトを受け止めようと両手を広げた、そのひと。黒い尻尾のような、頭の天辺で括られた髪が、ピョコンと揺れた。
「受かったってば! 俺、もう、ホントにホンモノの忍者になったんだってばよ!!」
「ホントか!?」
 遠目にもぱぁっと明るくなった表情に、カカシは思わず目を細めた。
 ナルトの後に続くようにサクラやサスケまでも彼の元へ向かう。
「良かったな、ナルト! ……サクラ、サスケも。皆おめでとう」
 ナルトを腰に引っ付かせたまま両手を伸ばし、サクラとサスケの頭を撫でながら、彼は自分のことのように、心から嬉しそうに笑った。
 髪をくしゃくしゃにされたサクラは「もう、止めてよ先生」などと言いながらもそれは照れ隠しのようだったし、サスケは彼らしくもなく少し困った様子で、それでもされるがままになっている。
 多分、他の者からされたとしたら、二人とももっと違う反応をしたことだろう。
 カカシは離れたところから、その光景をぼんやりと眺めていた。

 あれが、ナルトの太陽。何て、眩しい。
 ああそうか、あんな太陽が傍に在ったから――――あのこはまっすぐに顔を上げて、迷わず上を目指してゆけるのだろう。

 ――――あそこに、俺の居場所はないな。
 カカシは苦く笑った。あんな明るい場所に、自分はあまりに不似合いだ。早々に立ち去るべきだろう。
「お前ら、今日はここで解散な。明日、遅れるんじゃないぞー」
 声をかけると、三者三様の答えが返ってくる。それに頷き、さて報告書を提出に行こうと、身を返しかけた時。
 夜の闇よりも深い、真っ黒な瞳とカチリと目が合ってしまった。
「あ……」
 何かを言いかけた彼に、カカシは気付かぬ振りで背を向けた。
 陽だまりのような彼を、苦手だとか疎ましいとか――――それ以前に、全く別世界の存在としか思えない。
 何れは挨拶くらいしなくてはならないのだろうが、できれば関わり合いたくない、関わり合ってはいけない。闇の住人である自分が太陽になんか触れたら、火傷なんかで済まないと知っているから。
 そのまま足を踏み出しかけた背に、
「はたけ上忍!」
 彼のよく通る声が投げかけられた。美声ではないが、耳に心地好い声だ。それだけに、カカシには酷く馴染まない。
 名を呼ばれては無視するわけにもいかず、仕方なく振り返れば、彼はペコンと大袈裟なほど深く頭を下げた。黒い尻尾がまた、揺れた。
「この子達のこと、よろしくお願いします」
 顔を上げた彼の笑顔は、正に太陽。
 けれど。
 ああ、とカカシは呻いた。この太陽は、何て優しい光を放つのだろう。触れるもの全てを焼き尽くす強烈な光ではなくて、もっと――闇さえも覆ってしまうような、温かくて大きな光。
「………判り、ました」
 ようやくのことでそうとだけ応えれば、彼は安堵した様子でまたふわりと微笑み、もう一度頭を下げると、子供たちへと目線を戻した。
「よーっし。今日はお祝いだ、まとめてラーメン奢ってやるぞ! サクラ、おうちに言ってきなさい。サスケも、ラーメン嫌いでないなら付き合え!」
 やったってばよ! とはしゃぐナルトの頭をポンポンと優しく叩き、サクラとサスケを促して歩き出す。
 サクラは言われるまま家へと急ぎ、サスケも無言で彼の後についていく。
 遠ざかっていく彼らの後ろ姿を、カカシはその場に立ち尽くしたまま見送った。
 彼の前では、誰も素直な気持ちになれるのかもしれない。あの光に一度でも包まれてしまえば、その温かさに抗う術など失ってしまうに違いない。

 ナルトの、太陽。

 カカシでさえも、その光に触れて、もう彼を無視できない。
 見ない振りをしていた、気付かない振りをしてきた。その望みを、容易く暴いてしまったひと。

 アレが欲しい。
 ナルトが、子供たちが、当たり前のように降り注ぐその光を手に入れられる。そのことが、酷く羨ましい。
 自分だけのものになど望まないから、せめて。
 その光のほんの一欠片だけで良いから、俺にも分けてちょうだいよ。

 

 

「ねぇ……『イルカ先生』?」

 

 

――――――end

 



恥ずかしい二人の出会い変。いや編。
カカ→イルが続いてしまった…
まぁ、私がイルカ先生ラブだから、しょうがないですね。
二人が出会うエピソードはもう一種ネタあるんですが、
機会があったらそっちも書きたいようなそうでもないような。
イルカ先生はお日様ですよね?(笑)
仮タイトル「君は僕の太陽だ」。
まんまな上、死ぬほど恥ずかしかったので没(笑)
'03.05.19up


 

 

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