それだけで。


 

 やっとだ。
 カカシは木の枝の上から、すぐ目の前にある窓に手を伸ばしかけて、躊躇った。
 時刻は0時15分前。朝が早いあのひとは、もう眠りについているかもしれない。カーテンの付いていない窓の内、寝室は真っ暗だ。
 やっと、会えるのに。

 カカシが長期の任務を言い渡されたのは、4ヶ月ほど前――愛しいあのひとの誕生日10日前だった。
 当初半年間と言われていた任務を、必死の思いでこなして、2ヶ月近く短縮することに成功した。里長は大喜びだったが、それでも4ヶ月だ。
 彼の大切な元教え子の一人、カカシの元部下でもあるナルトが、修行のために里を出て行って、まだ数ヶ月。寂しい思いをしているだろう彼の傍にいてやりたかった。
 カカシは頭を抱え込み、盛大にため息をついた。違う。そうじゃない。自分が――彼の傍にいたかっただけなのだ。

「あー、も。……結局は自分、なんだよねェ……」

 任務を少しでも早く終えたかったのも。
 今、会いたくてしようがないのも。

 

 

 それから、10分ほども経ったろうか。
 窓の内側が急に明るくなり、とっさに身を隠そうとしたカカシを引き止める声がした。

「いつまでそうしてんですか、アンタ。帰ったばっかで疲れてんじゃないんですか?」

 呆れたようにそう言って、開け放たれた窓から顔を出したイルカが、にこりと笑って「お帰りなさい、カカシさん」と言った。

「……た、ただいま……って、アレ? イルカ先生、寝てたんじゃ」
「この部屋に気配なかったでしょう。居間のほうでアナタが入ってくるの待ってたんですよ。ったく、五代目から連絡もらって、慌てて用意したのに」

 促されるまま、履物を脱いで室内へ――窓のすぐ下はベッドなので――入ると、襖の向こう、微かに魚の焼ける匂い。

「アナタがそこにいるのに気づいて、焼き始めたんです。もうちょっとで焦げるとこですよ――せっかくギリギリ間に合ったと思ったのに、日付変わっちゃうじゃないですか」
「え……日付って?」

 ぶつぶつと文句を言っていたイルカは、カカシの問いに、黙ってカレンダーを指差した。
 今日の日付の上に、赤マジックで丸印がついている。

「9月15日。……今日は、アナタの誕生日ですよ」

 

 

 どうせ忘れてると思ってましたよ、とイルカが笑う。
『おめでとう』の言葉をもらったのは、本当にギリギリ、日付の変わる10秒前で。
 カカシは、惣菜と焦げかけた秋刀魚、それにコンビニで購入したと思われるちいさなケーキを前に、ほとんど泣きそうだった。
 温かい味噌汁がよそわれる。ナスが入った、少し塩辛い味噌汁。出来合いのものばかりの中、カカシの好物だけは自分でと、イルカが作ってくれたのだ。

「……俺、アナタの誕生日を祝えなかったのに」
「だったら明日は、カカシさんが美味しいもの作ってください」

 にっこりと笑って、イルカは何でもないことのように言う。

「カカシさん、俺よりずっと器用で、料理も上手いし。しばらくはお休みもらえたんでしょう?」
「もちろんっ、何でも、イルカ先生が食べたいもの――」
「それに、」

 勢い込んで言うカカシをまじまじと見つめ、そっと手を伸ばしてくる。
 着けたままだった額当てを取り、長く伸ばした前髪をかきあげ、隠されていた左目を露わにする。
 禍々しく真紅いその目をまっすぐに見、イルカはふわりと柔らかく微笑んだ。

「今回も、無事に帰ってきてくれた――それだけで俺には充分なんですから」


 ああ、アナタのその笑顔が、何よりのプレゼント。

 

 

――――――end★

 



ギリギリ〜、カカシ先生生誕祝です。
今年はイルカ先生の生誕祝いを書けなかったので。
四ヶ月弱遅れで、イルカ先生にもハピバ。
纏め方が下手だなァ…こんな短い話なのに、手間取った。
カカシ先生は料理上手と言うより、単にイルカ先生より器用なだけです。
でも、無駄に凝った料理とかしそうだよね!(笑)
とにかく、カカシ先生おめでとうございます!
'08.09.15up


 

 

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