そこにいて。
辞書をわざわざ返しに来てくれた不二が、いきなりそう言った。 「え、何で?」 「明日はタカさんのたんじょーび! じゃーん!!」 思わず訊いたら、どこに隠れていたのか、にゅうっと不二の後ろから現れた英二がそう言って俺に飛びついてきた。俺はよろけて、教室のドアに頭をぶつけた。 「痛っ!!」 「あ、あッ、ごめんタカさん!」 「英二、少し落ち着きなよ」 「にゃー!! タカさんの頭にコブー!!」 泣きそうな顔で大騒ぎする英二に、大丈夫大丈夫、と笑って見せて。 うん、だって。 こんなくらいの痛み、気にならないくらい嬉しいよ。 部を引退してだいぶ経つのに、まだ俺の誕生日のお祝い、してくれるんだなあって思ったら。 「スミレちゃんに頼んで、部室空けてもらってね。ちょうど明日は休みにするって言ってたから。そこでちょっとしたパーティ開くんだけど」 「二次会はカラオケだよん! メンバーはいつもの皆が来るからね!」 うん、ありがとう、絶対行くよ。じゃあ明日ね、なんて手を振って。 ――――皆来るってことは、手塚も来てくれるのかな? そんなことをちょっと思って、一人で照れた。
翌日の放課後。 久し振りにテニス部の部室に行くと、もう皆そろって俺のこと待ってて。 おめでとう、という言葉とクラッカー、それから拍手に迎えられた。な・なんか恥ずかしい。でも嬉しい。 テーブルの上には、皆で持ち寄ったらしいお菓子や飲み物が溢れている。 その量に感心していると、紙コップとコーラのペットボトルを両手にそれぞれ持って、桃が俺の方へ近づいてきた。 「はーいタカさん、コップ持ってください!」 「わ、わ、あ、ありがと桃」 持たされたコップに、どばーっと勢いよく注がれるコーラ。零れそうになるのを、慌ててバランスを取る。 それじゃあ主役が来たところで、カンパーイ! おめでとー! 英二を先頭に口々に言ってコップを掲げる皆に、ありがとうって返して、俺もコーラを口にした。 そうしながら、チラチラ横目で室内を探して。 越前や海堂までちゃんと来てくれてるのを確かめてちょっぴり感動しながら。 たぶんウーロン茶か何かの入ったコップを持って隅のほうに立ってる、手塚を見つけた。大石の隣で、こっちを見てた。 手塚は一見付き合いが悪そうだし、部活の後どこかに寄ろう、なんて話が出た時にはいつも断ってたけど。 実はこういう行事には必ず参加してくれる奴なんだ。 判ってたけど、でも部も引退しちゃった今はどうかな? なんて少し心配してたから、嬉しさも倍増で。 とてもいい気分で、俺は桃や英二、不二たちが話し掛けてくるのに応えた。 随分時間が経ったと思う。 乾が時計を見て、そろそろ移動したほうがいいなと言い出した。 カラオケカラオケ、とはしゃぐ英二たちが、いつにない手早さで片付けを始める。手伝おうとしたら、主役はそんなことしなくていいよ、と不二に止められた。 黙々と片付けている手塚をチラッと見てみた。 たぶん手塚は、カラオケまでは来ない。いつもたいていそうだ。皆も、騒ぎ足りないだけだから、無理に誘ったりしない。 でも何か、ちょっと寂しくて。手塚ともっといたいなって思って。だから。 「あの、手塚……このあと、も、一緒に、その……みんなといっしょに来て、くれないかな?」 思い切って言ってみた。ビックリ顔の手塚。ダメかなぁなんて、へにょっと笑ってやっぱりいいやと謝ろうかと思ったとき。 「そうだな、たまには……」 思いがけない返事。でも俺は歌わないからなと言ってる手塚に、現金にも顔が明るくなるのを感じた。 じゃ行こう! と部室から皆で出たとたん。 なぜかいきなり身体が浮いた。 「……………え?」 ビックリして顔を上げたら、すごく見覚えのある白い髪。どうやったのか、俺はいつのまにかそいつの肩に担ぎ上げられていたのだ。 「あ、亜久津……!?」 何でここに! と俺の代わりに皆が口々に言う。えっと、だって、え……何で……!? パニック状態の俺に、亜久津は平然と、 「お袋の奴がテメエのこと待ってんだよ。祝いたいから連れて来いってな」 だから来い、なんて。 え、でも、悠紀ちゃんには確かに誘われたけど断ったのに!? 亜久津は相変わらず、ひょろっとした身体のどこに、というような力で俺を担いだままさっさと門へ向かって歩き出す。 ――――っせ、せっかく手塚と、いや皆とこれからカラオケなのにっ! 「タカさんが攫われたー!!」 「こらぁ亜久津!! タカさん返せー!!!」 ぎゃんぎゃん喚いて追っかけてくるのもまるきり無視。俺がもがいてもまったく効果なし。 亜久津といるのは楽しいし嫌じゃないけど、でも今日は。手塚と。 だけど亜久津が俺の言うことを聞いてくれた例なんてなくて。 だから情けないけど、俺はこう喚くことしかできなかった。
「亜久津の、バカ―――――――!!!」
ギリギリどころか遅くなりすぎ…(苦) |