信用しないで。




「三蔵、大丈夫ですか?」
 あれほど言ったのに。
 八戒は溜め息混じりに、ドア越しに声をかけた。
 ドアの向こうの個室からは、呻くような声が聞こえている。普段ならばすぐ傍にいてあげたいところだが、まさか婦人用のトイレに入っていくわけにもいかない。
 まあ、宿の客室の中にあるものなのだから、入っていったところで誰に咎められるわけでもないが、やはり気持ちの問題と言うこともある。
 現在、三蔵は飲みすぎて悪酔いし、当然の結果として便器と仲良し状態にある。
 女性化してからアルコールに弱くなっているのだから、と八戒に止められていたのを無視したのだから、仕方ないだろう。
 それでも「自業自得」と放ってはおけない辺り、自分も大概甘いなぁ・・・と思えば、自然溜め息も出ようと言うものだ。
「三蔵? 汚れた服、洗っちゃいますから、あとで脱いで出しといて下さいね? 気分悪いの、治まってからでいいんで」
 軽くノックしてそれだけ言うと、八戒は風呂の用意を始めた――親切にもここはユニットバスではないのだ――。
 少し良くなれば、三蔵のことだから風呂に入りたがるだろう。本当はシャワーを浴びるくらいが良いのだが。
 浴槽に湯を張る準備をしていると、浴室のドアがかちゃり、と音を立てた。
「・・・・・・三蔵? もう大丈夫なんですか? まだお湯入ってませんから、少し横になって――」
 振り返った八戒は、休んでて下さい、とまでは言えなかった。
 思わず飛び退いた拍子に、思い切り後頭部を壁にぶつけてしまう。しかしそんな痛みなどどうでも良かった。
「・・・・・・何やってんだ」
 呆れたような声で、いくぶん気分が良くなったらしい三蔵が言う。
「それはこっちの台詞ですっっ!」
 叫んだ声は、悲鳴に近かったかもしれない。
 三蔵の手には、今脱いだばかりの衣類がある。着替えては、いない。
 つまり――。
「何か服着て下さい、今貴方は女性なんですよっ? 何考えてるんですか貴方はっっ」
 思わず見惚れてしまいそうな綺麗な肢体から目を瞑ることで逃げ、咄嗟にバスタオルを押し付ける。
「エロ河童の前じゃねーし・・・別に良いだろ」
「良くないですっ!」
 渡されたタオルで一応胸元を覆ったものの、三蔵は訳が判らない、と言う表情をしている。
 警戒をされすぎる、と言うのも問題だとは思う。
 三蔵は、元々男性だった頃から色には無関心で、それ故に少々一般よりは女性好きな悟浄のことを汚らわしく思っており―― とは言え、悟浄のそれは別に異常と言えるほどのものではなく、八戒は時々彼を気の毒に思うこともあった――、その為に女性化してからは特に悟浄を遠ざけるようになったのも知っている。
 しかし問題なのは、三蔵は悟浄の他――つまり八戒と悟空のことだが――を逆に完全に安全だと思ってしまっていることだ。
 ――男は誰でも、狼になり得るものなんですけどね・・・・・・。
 自分がそうではなかっただけに、理解できないのだろうが。
 それでも、想いを打ち明け、もう少しで結ばれる、と言うところにまで進んだ八戒に対して、これではあまりに無防備すぎるのではないか?
「三蔵」
「あ?」
 少しだけ広がった身長差。
 見上げてくる、信頼し切ったような澄んだ瞳。
 ――勘弁してくれ、と思うのは間違いじゃないはずだ。
「・・・・・・あまり、僕を信用しないで下さい」
 八戒はそう言って、ほんの少し開かれている濡れた唇に、己の唇を重ねた。
 力を入れすぎないように細心の注意を払いながら抱き寄せた身体は、あまりにも柔らかくて。


 三蔵は逃げずに、大人しく抱かれている。
 この誘惑に負けてはいけないなんて、拷問以外の何物でもないんじゃないか、と八戒は天を仰いだ。






トイレが二つある宿の部屋。しかもユニットバスじゃない。
――どんな宿に泊まってんでしょうこの人たち(死…)
桃木的に多分、離れた所から心配する八戒が書きたかったんでしょうな。(笑)
この時点で二人は、あとちょっと、と言うとこまでイってます。
「変化的娘娘2」参照〜♪(←不親切)






モドル