誠実な君へ





「ムカツク。」

 

 部誌を書いていた手塚は、その呟きに手を止めた。
「キミって、ホントムカツクよ」
 呟きの主は不二。
 そしてこの部室には今、不二と手塚の二人しかいない。手塚は戸惑った。
「不二。……俺はお前に何かしたか?」
「………してないねェ」
 ムカツク、と口にした時と同じ、いつもの掴み所のない笑顔のまま、不二は応えた。
「……だから、ムカツクんだよ」
 何もしない、何も言わない。
 こんなにもキミを求めているボクに、何も与えてくれない―――ココロも、拒絶のコトバすらも。
「ボクはキミを好きだって言ったよね?」
 手塚は僅かに目を見開いて、そして再び手元に視線を落とした。表情に表れてはいなくても、2年になる付き合いで、不二には手塚が困っていることが判った。
 だからと言ってここで許したら、またふりだしに戻ってしまう。
 想いを告げたのは半年も前のことだ。いくら何でも、これ以上待ってなどあげられない。
「好きだよ、手塚」
 ビクン、と手塚の肩が揺れる。
 それでも顔を上げず、口も開かない。まるで不二が、「冗談だよ」と笑うのを待っているように。
 ―――そういうとこが、ズルくてムカツクんだってば。
 自分からは何もしないで、相手が諦めて去っていくのをただ待ってる。でも不二はもう、それに付き合ってやる気はなかった。
「嫌いなら、そう言って。でなければボクは諦めないよ」
「っ不二………」
 感情を抑え込んだ声で冷たく言うと、手塚は首を横に振った。
「――それ、どういう意味なワケ?」
「わ、判らないんだ、俺は……そういうのは……っ」
「半年も待ってあげたじゃない」
「っだから……半年考えても判らなかったんだ!」
 責めるような、小馬鹿にしたような言い方をされ、不意に顔を上げた手塚が、不二を睨みつけて言い放った。
 驚いて見開かれた不二の目に出会い、唇を噛んで視線を逸らす。もしかして初めて見たかもしれない。感情的な手塚、なんて。
 呆けたように言葉を発することもせず見つめる不二を、窺うように上目遣いに見上げてくる。二人の身長差から、普段ならありえない図だ。
「………半年……ずっとボクのこと、考えてくれてたの?」
 我ながら現金だとは思ったが、不二はそれまでの刺々しい口調から一転、ひどく穏やかな声音でそう呟いた。問いの形ではあったけれど、もう答えは必要なかった。
 いくら考えても、自分に対する答えが出ないのだと、手塚は言う。
 困ったように目を逸らすくせに、彼はそれでも不二のことを切り捨てるという選択肢を取らないでくれた。判らないと言いながら、ずっと悩んでくれた。
 答えを急かす不二を、拒絶することだってできたのに、彼はそれを躊躇ってくれた。
 何もしなかったのではない。手塚は不二が思っている以上にずっと慎重で、そして誠実であったのだ。
 ―――ボクは一体、キミの何を見ていたんだろう?

 

「……ごめんね、手塚」

 

 手塚は、イミが判らない、と言うように無防備に首を傾げて見せた。
 そっと近づくと、不二は自分をただじっと見上げている手塚を、ふわりと覆い被さるようにして抱き締めた。驚いて固まる彼の肩に、顔を埋める。
「手塚……、好きだ」
「………不二、」
「うん、もう判ったから。キミが答えをくれるまで、ボクは何年でも待つから」
「………そんなにはかからない」
 不二の言葉に、ちょっとムッとしたように手塚の声が尖る。
 不二は微笑った。

 

「じゃあ、なるべく早く答えをちょうだい」

 

 

 もう、その答えはどんなものでも良かった。
 嫌いと言われれば離れるし、友達のままでと望まれればその通りに接する。
 それでも。

 

 まだしばらくは、何分の一かの確率で得られるかもしれない幸福を期待していられる”現在”を、手放さずにいられる。

 

 

 そのことが、何故か今の不二には嬉しかった。








不二塚でござる〜〜。
最初、もっと不二が黒くてヒドイ話でした。
3分の1くらい書きかけで放ってあった間に、不二が丸く…(笑)
しかし、何で桃木の中で、不二塚はラブれないんだろう。
不二塚ラバーの方、ごめんにゃさい…ι
読むのはラブでも鬼畜でもなんでもOKなのですが。






モドル