LIAR?
おどおどと声を掛けられ、振り返ると、ちんまりした少年が気弱そうに見上げてきていた。 ――――いつも越前にくっついてる一年坊主か。確か、加藤っつったっけ。 少し考えた後、少年の顔と名前を一致させた荒井は、次に言われた内容を確認した。 「ネットがない? んなワケねーだろ、昨日ちゃんと片付けたのを部長がチェックしたはずだぜ」 「で、でも……と、とにかく、一緒に探してくださいっ」 「ああ? ……しょーがねーな……」 面倒臭そうに答えはしたが、後輩に頼られて悪い気はしない。渋々、というポーズを取りつつ、加藤の後に続いて体育用具室へ向かう。 重いドアを開け、薄暗い中を覗き込む。 手探りで電気を点けようと室内に足を踏み入れた途端、背後でドアが音を立てて閉ざされた。続いて、外から鍵を掛けられる音。 「っおい! 何のつもりだっ?」 驚いて声を荒げると、ドアの向こうから、 「ごめんなさいごめんなさいっ、荒井先輩、許してくださいっ」 泣きそうな声と共に、走り去っていく足音が聞こえてくる。 呆然と立ち竦んでいると、誰もいないと思っていた部屋の奥から聞き覚えのある声がした。 「鍵ならここっスよ」 「………え、越前……?」 少しずつ慣れてきた目を凝らすと、いつものように帽子を被った、レギュラージャージ姿の小柄な少年が立っていた。 生意気な、一年生ルーキー。 加藤はどうやら、彼に頼まれて荒井をここまで連れてきたらしい。だが、それが何の為なのかが荒井には判らなかった。 彼の入部当初、その態度がどうにも気に入らなくて絡んだりもしたけれど。 彼の方から進んで自分に接触を持ってくる理由がない。 越前リョーマは、戸惑っている荒井に、ニヤリと質の悪そうな笑みを向けてきた。それに気を取られているうちに、リョーマは素早い動きで荒井の目の前に移動し、無防備な彼にいきなり足払いを掛けた。 不意のことで避ける間もなく、荒井はマットの上に転がった。ほとんど使われていないマットから、砂埃が舞い上がる。 「ってめぇ、何しやがるッ」 「アンタ、ウザイよ」 肘を突いて身を起こしかけた荒井の腰を跨いで立ったリョーマが、見下ろしてくる。いつもの不敵な表情とは違う、冷め切った眼で見下す。荒井は目を見開き、無意識に喉を鳴らした。 自分よりも20cm近く小さな後輩に――しかもたった一人を相手に――怯えている。その自分を滑稽だと思う余裕も無くしていた。 とにかく逃げようと後退る荒井の肩を、リョーマの足が蹴りつける。 「俺に絡んでくるのくらい、別にイイけど。痛くも痒くもないし」 低く押し殺したような声音が、荒井の中の恐怖心を煽る。こんなチビに、どうして抗えないのだろう。 リョーマの眼が、スッと細められる。 「………けど、アンタがあの人を見る眼が気に入らない。アンタみたいのが、あの人を見てるってコトがね」 荒井の肩を踏みつけていた足を退かせると、リョーマは膝をつき、伸ばした手で荒井のジャージのファスナーを一気に引き下ろした。 蛇に睨まれた蛙のごとく身を硬くしたまま動けないでいる荒井に、リョーマは唇の端を上げて見せた。 「アレは、俺のだよ」 そう言ってジャージの下に着ているシャツの胸元を掴むなり、勢いよく引き裂いた。 事が終ると、リョーマは自分の身支度をさっさと済ませ、荒井の腕を束縛していたタオルを解いてやると、ぐったりと横たわったままの荒井の上に投げかけた。 内から鍵を開け、去り際、振り返りもせずに声をかける。 「そのタオル、返さなくていいよ。ついでに、病欠って伝えといてあげるから、しばらくゆっくりしてなよ」 お疲れ様、荒井先輩。 平坦な口調で言うと、そのままドアを閉めた。
「ねぇ、部長。今度の土曜、部活終ったらアンタんち行っていい?」 リョーマは最近、機嫌が良かった。 あれ以来、荒井はリョーマを見ると露骨に怯えて避けるようになり、手塚を熱い眼差しで見つめることもあまりなくなった。 自分に対する悪意は無視できても、恋人を邪な目で見られるのは我慢ならない。それが表面上だけとはいえ、なくなったのだ。嬉しくないわけがない。 弾むような声で強請られた手塚は、訝しげに年下の恋人を見下ろした。 「……別に、構わんが」 「ホントっ? じゃあついでにさ、そのまま泊まってってもいいっスか?」 何がついでだ、最初からそのつもりのくせに…と呆れたように溜め息をついて、手塚は仕方なさそうに頷いたのだった。 自分の肩ほどしか身長のない少年が、今度こそ…と不埒なことを考えているなどとは思いもせずに。
そして、土曜日。 夕食を済ませ、風呂を順番に使って二人で手塚の部屋に戻ると、リョーマはさっそくベッドに腰を下ろし、手塚を手招いた。 何の疑いも持たずに促されるまま隣に座ると、いきなり抱きつかれ、勢いで手塚は後ろにそのまま倒れ込んだ。驚いたけれど、上に乗ったままの少年が思い詰めたような表情をしていたので、思わず抵抗を忘れてしまった。 「越前……どうした……?」 「アンタを抱きたい。ダメ?」 「抱く……って」 意味が判らず問い返しながらも、リョーマの真剣さに、手塚はまっすぐ視線を合わせることで応える。 「俺のものになって………」 熱っぽい囁きと共に唇を重ねられ、手塚は目を閉じた。 それがどういうことか詳しいことはよく判らないが、この先の段階へ進む時期がきたのだろうと、漠然と思った。そして、それを拒む気など自分にはないことも。 「…………良いぞ」 キスが解けたその隙間で、短くそう答える。睫毛が触れるのではと思う程間近で、リョーマの大きな目が見開かれた。 言われた意味を噛みしめるようにゆっくり一度瞬くと、手塚の方がびっくりするほど顔を一瞬で真っ赤に染めた。 「あっ、あ……でもさ、俺、その……こーゆーの初めてだからさ、アンタを悦くしてあげられるかどうか……」 らしくなく自信なげに言った後、いや、もちろん努力はするけど、と焦ったように続ける。 手塚はふ、と微笑んだ。 腕を伸ばし、リョーマの頬をそっと撫でてやる。 「俺だって初めてだ。ムリして背伸びしようとするな、そのままのお前でいいから」 「……どうしたの? 今日は随分嬉しいコト言ってくれるんスね」 頬を染めたまま、手塚の手に己のそれを重ね、リョーマは心底から嬉しそうに笑う。 そして、もう一度二人は確かめるように唇を重ね合わせていった。 「だいすき。アンタだけ、だよ」
王子は別に嘘をついてるわけじゃありません。 |