R・R・R
名乗った声は素っ気ないけれど、それでも柔らかく耳に心地好い。懐かしい声。 手塚? 俺――――。 多分名乗る前から、正体はバレてる。一人暮らしの彼の電話のディスプレイには、俺が登録した番号と、名前が表示されてるはずだ。 ふわりと微笑んだ気配が、コードレス電話越しに伝わる。耳元の空気が震えた気さえ、する。 うん、久しぶり。元気? 俺? もっちろん元気だよん。新しい学校にも慣れたしね。 ……あれ、言ってなかったっけ? そう、転勤。今度はにゃんと! 女子高なんだよん。 ええ? 違うって、問題なんか起こしてないよ。 ホントだってば。もー、信用ないんだにゃー、俺。 クスクスと笑う声につられて、俺も笑う。 あ、ビックリした? そだね、いつもはケータイからだもんね。 実はこないだ壊しちゃってさぁ。今、修理中。 ちーがうってば。生徒がね、俺が落としたのを踏んで……。 相変わらず落ち着きのない奴だな。 ――――そんなふうに、愛しそうに言わないでよ。辛うじて押さえ込んでる気持ちが、溢れてしまう。 ねぇ。 ん? と、少し低めの甘い声。ゾクゾクするような、イヤラシイ声。 自覚ないんでしょ? テレフォンセックス、しよっか。 ふざけた口調で言うなり、物凄い音を立てて通話が途切れた。無機質な音が続く。 予測していた俺は少し笑って一旦切ると、そのままリダイヤルボタンを押した。 一回目のコールが終わらないうちに繋がった向こうから、怒りに任せた罵声が聞こえてくる。 ゴメンゴメン。じょーだんだよ。 ――――――ホントは、かなり本気だったんだけど。 だって、手塚があんまりエッチな声出すからさぁ。 あ、ウソウソ。切んないで。 せっかく久しぶりにゃんだから、もっとちゃんと話そ? ………ハイ。さっきのは俺のせいデス。もー、謝ったんだから許してよ。 キゲン、直して? 微かに、溜め息が聞こえる。 俺がとことん下手に出ると、すぐに許してくれるんだよね。 ダメだよ? そんなに簡単に許しちゃ。特に、俺みたいな奴にはね。 自然に笑みが零れる。 聞き咎めたらしい怪訝な声に、目を閉じて耳を傾ける。 ……ううん、何でもにゃいよん。 そうそう、学校ね。楽しいよー、どこ見ても女の子ばっかでさ。 俺、けっこモテるんだぜ。「エージ先生〜♥」ってさ。 ……………妬いた? ――――あ、ひでー。ちょっとは妬いてよ。 バカ、と呆れたように言われて、少しわざとらしく嘆いてみせる、けど。 不安、なんだよ。 時々こうして電話で声を聞いてても。 時々会って、キスして触れ合って――――『時々』なんかじゃ、全然足りない。 ねぇ。 ――――――アイシテルヨ。 少しの間の後、早口で「俺も」と返ってきた。 耳まで真っ赤になっている様子が目に浮かぶようで、思わずクスリと笑ってしまう。 ――――今度は、聞こえなかったみたいだ。 あ、もう寝るとこだった? 明日も早いんだ? うん、ゴメンね遅くに。じゃあ―――― 次に会えるのはいつ?――――なんてことは、訊かない。 おやすみ、のあとで思い出したように、受話器を置きかけた相手を慌てた声で呼び止める。 大事な話、忘れるとこだったよ。 ね、手塚。 世界中の誰よりも大切で、愛しいキミへ。 ――――― 誕生日、オメデトウ ―――――
10/6限定無料配布本より。 |