バカな男とプライドと
自分で言うのも何だが、プライドはかなり高いほうだ。
「アンタって、無駄にプライド高いわよね」
爪の手入れをしながら呆れた口調でそう言ったのは、美しい黒髪をもつくのいちの上忍だ。
「だから女と長続きしねーんだよ」
笑いながら煙草をふかしたのは、髭面の同僚。
おまえに言われたくない、と返してみたものの、カカシは内心、そうかもなあと納得していた。
自分から惚れて口説いて付き合い始めた女でも、相手からの束縛を感じると途端に冷めてしまう。そうしてケンカになっても、絶対に自分からは謝らない。
縛られるのはうっとうしい。最初は甘やかしても、そのうち付け上がって「アナタは私のもの」なんて相手が言い出すと、もうダメだ。
あとは「飽きた」の一言でポイ捨てして、おしまい。そんな恋愛しかしてこなかった。
カカシだって、いつまでもこんなふうでいいとは思っていない。でも、どうしようもないのだ。
――――どうしようもない。
そう、思っていたのに。
「ごめんなさい、ごめんなさいイルカ先生!! 絶対絶対もうしませんから、許してください!!」
もう三日もゴキゲンナナメのままの恋人に、泣いて縋って謝り倒す。
「これで何度目だと思ってるんです? アンタ本当に反省してんですかっ!?」
トゲトゲした声で怒鳴る恋人の、耳のすぐ下と首には、三日前から絆創膏が貼られたままだ。
その原因を作ったのは、カカシだ。もちろんそれでイルカを怒らせたのだという自覚はある。というか、ソレを付けてしまった時にはもう、「ああしまった」とは思っていたのだ。
だけど。
「……だって、だって……イルカ先生が俺置いて飲み会なんかに行くって言うから……」
任務続きで見事にすれ違った一週間。久しぶりにふたりきりでゆっくり出来ると思っていたのに。
昼下がりのアカデミーで、行き会ったイルカからその後の予定を聞いた途端、我慢できなくなった。空いていた教室へイルカを引きずり込んで、そして。
くっきりと朱いアトを、その首筋と耳元へ付けてしまったのだった。
真昼間の、イルカの職場で。いつもいつも付けるなとしつこいほど言われている、あからさまなアトを。
ちなみにイルカの言うとおり、こんなことが少なくとも三回はあった。もういい加減、イルカも腹に据えかねていたのだろう。今回はなかなか許してくれようとしない。
「イルカ先生ぇ〜……」
情けない声で呼びかけるが、イルカからの返事はない。
カカシはとうとう、その場に両手をつき、がばっと勢いよく頭を下げた。
これにはさすがにイルカも驚いたらしく、そっぽを向いていた顔を振り向かせた。
「……ちょ、ちょっとカカシ先生」
「ごめんなさい!! 本当に反省してます!! 二度としませんからっ!!」
イルカはカカシの頭が畳に擦りつけられているのをしばらく呆然と見ていたが、やがてふぅっと大きく溜め息をついた。
「アンタにはプライドってもんがないんですか? 中忍相手に土下座だなんて……ホントにバカなひとですね」
声が少しだけ柔らかくなっている。どうやら許してくれる気になったらしい。
そのことに、涙が出そうなほど安堵した。思わずそのまま膝でにじり寄って、その身体に抱きつく。しょうがないなあと言うように笑って、イルカがカカシの背に手をまわす。それだけで、何もかもどうでもよくなるくらいにしあわせ。
だってこんな抱擁さえ、三日ぶりなのだ。
アンタは上忍のくせにプライドがなさすぎる。
イルカはことあるごとにカカシにそう言った。
無駄に高い、と言われたプライドも、イルカの前では何の役にも立たない、塵以下だ。
彼の許しを得るためならいくらでも謝るしみっともなく縋りついてもみせるし、土下座することだって躊躇いはない。
本気で惚れた相手の前では、いくらでもバカな男になれるのだと。そんな自分を、初めて知った。
――――イルカが、カカシを変えてしまった。
だけどそれが嫌じゃない。むしろこんなふうにバカになれる自分を、カカシは気に入っていた。
「イルカ先生ってスゴイひとだよね」
「は? 何言ってんですか」
不思議そうに首を傾げるイルカに笑い、ちゅっと触れるだけのキスをする。
調子に乗るなと怒られた。
同僚たちによるはたけカカシの評価は、うみのイルカに出会ってから見事に逆転した――――らしい。
――――――end
カカシ×イルカリンクトップ企画投稿作品。テーマは「プライド」。
イルカ先生の前では情けないカカシ先生、が書きたかったようです。
もちろん、イルカ先生の前以外では相変わらずプライドの塊なカカシ先生。
背景用のイラスト描いてて思ったこと。
「…あたし、こんなカカシ先生よく描いてない…?」
鬼畜もヘタレも大好きです。
'04.11.24up
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