甘い愛の言葉よりも




 八戒が昔世話になっていたと言う孤児院がある村での、今日は最後の夜だった。
 幼馴染みの少女と孤児の少年のことで、村にいる間中八戒が心を砕いていたことは、3人とも知っていた。
 だから。
 襲ってきた妖怪たちを倒した後、修道服に身を包んだ彼女の元へ八戒が駆け寄った時、三蔵はふと思ったのだ。

 八戒は、本当はこの村に残りたいのではないか――と。



「今日は、色々勝手なことをしてすみませんでした」
「……いや」
 宿の二人部屋で、いつものように三蔵と同室になった八戒が謝り、三蔵はそれに対して曖昧な答えを返す。
 とりあえず言うべきことは言った、とそのまま八戒は荷物の整理を始めた。
「――お前、」
 その様子をしばらく見ていた三蔵が、ポツリと呟いた。
 ごく小さな声ではあったけれど、八戒はそれを聞き逃すことなく、振り返って続きを促す。
 らしくもなく躊躇った後で、ようやく言葉を繋ぐ。
「ここに残りたいなら、残っても良いんだぞ」
「……三、蔵?」
 意味が判らない、と言う表情をした八戒から、三蔵はそっと視線を外した。
「あの女のことが気になってるんだろう」
「シャオヘイのこと、ですか? 気にはなりますけど、彼女は大丈夫だと思いますよ」
 窓辺へと足を向けた三蔵の動きを目で追いながら、八戒は素直に今の気持ちを述べた。
 その背中が、何だか頼りなげに見えてしまい、思わず手を延ばして彼を抱き寄せる。
「僕がもし、残りたいって言ったら。本当に、貴方はそれで良いんですか?」
 囁きに、ぴく、と抱き込んだ肩が震えた。
「……以前にも、言ったはずだ。お前は、お前の思うようにすれば良い」
 態と感情を殺した声で、そう言い終わる前に。
 いきなり視界が反転し、三蔵の身体は仰向けに床の上に押さえつけられていた。
 引き倒されたと言うのに痛みを感じないことに、場違いに感心しかけた、が。
「八戒……?」
「それって、したいようにすれば良い、ってことでしょう?」
「違っ、何言って……!」
 そんな意味で言ったんじゃない。
 突然の八戒の態度の豹変振りに動揺して抵抗すらままならない三蔵に、触れそうなほど顔を近づけた八戒が、微かに笑みを浮かべる。
 一見穏やかなその笑みに、何故か三蔵の背筋に緊張が走った。
「ちょ、待……八戒っ!」
「嫌です。……僕、怒ってるんですよ、三蔵」
 三蔵の手首を拘束する手に、僅かに力が込もる。
「貴方の傍に在ることが僕の望みだと――あんなに何度も言ったのに、信じてくれてなかったんですね」
 真摯な八戒の眼差しに、三蔵は目を見開いたまま身動ぎすらできない。
「――覚悟して下さいね。今日は、止まりそうにありませんから」
 ゾッとするような言葉と共に、唇を塞がれる。
 冷たく固い床の上で八戒を受け入れようとしている自分に、だが三蔵はどこかで満足していることに気付いた。
 滅多に見られない、八戒の本気の怒り。
 アイシテルなんて言葉を聞くより、よっぽど彼の心が伝わってくる気がしたから。

 自分はもしかしたら八戒を疑ったのではなく、こんなふうに――八戒をただ怒らせてみたかったのかも知れなかった。






アニメ幻想魔伝最遊記第37話「閉ざされた微笑」がベース。
…アニメ観てなかった人にはゴメンナサイ。
浮気(誤解だけど)相手候補が、八百鼡ちゃんはいまいち弱いし、
悟浄は変だし、彼女くらいしか浮かばなくてι
このネタで、八戒氏の方が怒るあたり、私って変?(死)




モドル