森へおいで



 その公園にあるちいさな森には、不思議な生き物が棲んでいるといわれている。
 魔性のものであるソレは、時に人間を惑わせると言う。
 そしてその噂が真実であることを、イルカは知っていた。
 今日も、まるで何かに追い立てるようにそこに向かっている自分がいて、抗えないその意思のほうが魔物よりも恐ろしかった。
 昼間でも薄暗いその森の、木々の間からわずかに差し込む木漏れ日に導かれるように、いつもの約束の場所へと向かう。
 少しだけ開けた所に出ると、切り株を椅子代わりに、座る。
 と、さああ…と風がイルカを包み込むように流れ、気付いた時には、イルカの身体は『彼』の腕の中に抱き込まれていた。

「いらっしゃい、イルカ」

 ふふ、と耳元をくすぐる吐息混じりの笑い。
 ふわふわとやわらかい銀糸の髪が、頬を、耳を、項を撫でる。
 質量をまったく感じさせないくせに、触れるぬくもりは確かにそこに存在している。
 そう。
『彼』こそがこの森に棲む魔物。
 名を、カカシといった。

 

 

「カカシさんは、俺の精気が欲しくて、俺をいつも呼ぶの?」

「……なあに、それ」

 問いかけるイルカに、カカシが訝しげに問い返した。

「そういう噂。森に棲む魔物は時に人間を惑わし森の迷路に誘い込み、その精気を吸う……って、さ」

 聞いたカカシが吹き出したので、イルカもつられて笑った。
 ここに迷い込んだイルカが、カカシと出会ったのは、もう5年前のこと。
 今もまだ、イルカはこうして生きている。そのことが、噂を否定していた。
 カカシが人ならざるものであることは、もとより承知の上だ。
 けれど彼は、決して恐ろしい魔物などではない。
 やわらかな草の布団の上、暖かな木漏れ日の指すこの場所で、イルカは幾度となくカカシと肌を重ねた。
 さらさらと傍らを流れる小川。火照った身体を、心地好く冷えた水に浸したタオルで拭う。

「ああ……、でも」

「?」

 くすりと笑ったカカシが、身を清めているイルカを背後からそっと抱き締めた。

「確かに俺は、イルカの『精』を吸ってはいるよね」

「ばか!」

 真っ赤になったイルカがカカシの腕を振り払い、振り向き様に突き出した拳は、彼の手のひらの中に風のようにふわりと受け止められた。

 

 

 魔物に魅入られ、虜となった少年は、逆に魔物を手懐けてしまった。
 そういう、めでたしめでたしの、お話。



THANKS!

 

 



ありえないほど長いこと置きっぱになってたWeb拍手お礼SSSその4。
このタイトル、昔、別ジャンルで使ったことがある。
谷山浩子の曲より。でも、内容は関係ないです。
つか、谷山浩子好きすぎ、私(苦笑)
このカカシ先生は、魔物というか、精霊系です。多分。
'08.09.08up


 

 

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