おねがいきいて。
僕にとって本当の意味でのその日は、四年に一度。 だから大抵その翌日に祝ってもらっていたわけで。別に、それに対して不満なんてないけれど。 キミが僕を祝ってくれるのなら、次の日や前の日じゃ、ダメ。 誰よりも一番最初に、オメデトウと言って。
「ふーじー不二不二〜」 パタパタ、と軽やかな足音を立てて駆け寄ってくるクラスメイトに、不二はいつもの笑顔で振り返った。 「どうかした、英二?」 「明日さ、暇? 皆で不二のバースデーパーティ開こうと思ってんだけどっ」 「うーん……随分急だね。ああでも、特に予定はないよ」 うん、大丈夫。にっこり笑って応えると、良かったー! と大袈裟に溜め息をつく。伝え忘れててさぁ、などと笑っている菊丸に呆れながら、 「それってどこでやるの? 誰が来る予定?」 「いつもどおり、タカさんちだよ〜不二の好きなわさび寿司、タカさんが作ってくれるんだって! だから俺とタカさんとー、おーいしと、乾と、桃と海堂とおチビと……」 テニス部時代のレギュラー陣の名が上がる。変わり映えしないなぁ、と思うがまぁ悪い気はしない。同じ学年であっても引退してからはあまり顔を合わせることもなかったし、下級生に至っては懐かしいとさえ思える。 最後にまともに会ったのは、もしかしなくても菊丸の誕生日だ。 「………あと、手塚がビミョウ」 最後に付け加えられた名に、知らずピクリと肩が揺れる。 ――――ビミョウ、ね。そうだろうさ。手塚ってそういうパーティとか、苦手だもん。自分の時だって要らん、とか切り捨てたし英二のにも結局来なかったし。 でも一応誘ってくれたのか、と不二は嬉しくなる。手塚が来なくても、アリガトウと言おう。 それに。 ――――手塚とは、別で会うつもりだしね。 まだ、本人にも確認していないことだけれど。手塚はきっと、嫌とは言わない。 何と言っても、大事なコイビトのお願いなのだから。 手塚は不二に甘い。付き合い始めからして、そうだ。不二の「付き合って、お願い」という告白に困った顔をした後、判った、と応えていた。 初めてキスした時も、身体を求めた時も。不二の『お願い』に最初はどんなに戸惑い、躊躇っても結局は許してくれた。 特に、初めてのセックスの時。 『君が欲しいんだ。良いでしょ? お願い、手塚。うんって言って』 いきなりラグの上に押し倒しての不二の台詞に真っ赤になって頷いた手塚は、不二のわずかに残っていた理性を粉々に打ち砕くほどに可愛かったのだ。 「……じ、不二〜? おーい? 授業始まるよ?」 危うくそのまま流れていきかけた思考を、菊丸の声が留める。ああうん、ゴメン、などとよく判らない返事をし、不二は次の授業の用意を始めた。 ――――多分、勉強の邪魔しちゃうことになるけど。ゴメンね、手塚。
ピリリ、ピリリリ。 深夜、参考書の問題を解いていた手塚は、小さな電子音に気付いて顔を上げた。携帯がメールの着信を知らせている。手を延ばしかけると、続けて二度目、三度目の音が鳴る。 ようやくメールを開けば、三件とも不二からで。 『会いたい』同じ文面のものが、三つ。ただし、一件目は一言。二件目は繰り返しで二回。三件目はその倍の四回。同じ言葉だけの繰り返し。 「……?」 首を傾げていると、また携帯が鳴った。 『窓開けて』 「――――――!」 手にしていた携帯を放り出して窓辺に駆け寄り、カーテンと窓ガラスを勢いよく開く。果たして、そこには携帯を片手に、もう片方の手をヒラヒラと振っている不二らしき人影が在った。 「こっ……!」 こんな時間に何をしている、と怒鳴りかけて慌てて呑み込む。代わりに窓を閉めると、上着を引っ掛けて部屋を飛び出した。 既に寝入っている家人を起こさぬよう気を遣いつつ、急いで家を出て不二に駆け寄ると、不二はニコリと微笑んだ。 「やほー、手塚」 「やほーじゃないっ!」 できるだけ抑えた声で怒鳴りつければ、笑顔のままゴメンネ? などと首を傾げる。 「……一体、何なんだこんな時間に」 溜め息をついてそう問えば、わざとらしく腕時計に目を落として。 「あ、あと五分。ちょーどいいカンジ」 「何がだ」 「不二クンのお誕生日までの時間です」 言われて、手塚はああ、と今気付いたかのように頷いた。しかしだからと言って、深夜に訪ねてくるのは…と眉を寄せると、手塚が口を開く前に不二が続けた。 「手塚にね、いちばんにオメデトウって言ってほしかったんだ。五分だけ付き合って。0時になったら言ってくれる?」 上目遣いにお強請り口調で言われてしまい、手塚は言葉を詰まらせた。こういうふうにお願いされてしまうと、どうも断れない。来てしまったものはしょうがない、と諦めて頷き、手塚は腕時計の文字盤に視線を落とした。不二も自分のではなく手塚のそれを覗き込む。 妙な図だな、と思いつつ、ただ無言で時間が過ぎるのを待つ。三十秒前から、不二がカウントダウンを始めた。 「……二十五、二十四、二十三……」 不二の声に目を閉じて聞き入る。囁くような小さな声は、いつもよりも少しだけ低めで耳にとても心地好い。 「………十二、十一……」 そこで、不二は不意に爪先立って、俯いていた手塚の唇をそっと塞いだ。 「!」 チッ、チッ、チッ…と秒針の動くかすかな音。それを耳にしながら、手塚は驚愕に目を見開いたままくちづけを受けていた。 カチリ。長針と短針が重なる音がして、不二が触れた時と同じようにそっと離れていく。手塚が口を開こうとした時。 不二の携帯が鳴り出した。 「あ、英二だ。意外とマメだよね〜こーいうとこ」 笑いながら折り畳み式のそれを開こうとした不二の手を、手塚が押さえる。 何ごとかと見上げれば、夜目にも紅く染まった顔を背けている手塚。 「…………俺が一番なんだろう」 重いがけぬ言葉に一瞬きょとんとした不二は、すぐに幸せそうな笑みを浮かべて鳴り続ける携帯をポケットにしまった。あとで、英二には謝っとこう、そう思いながら。 「誕生日……おめでとう」
「ねェ、手塚?」 「何だ」 「今日のパーティ、来てよ。皆と一緒に、もう一度お祝いして?」 「…………判った」 ホラね。手塚は僕のお願いを絶対聞いてくれる。
すみません、何だこりゃ。 |