星の降る夜の…
いつものこととは言え、八戒はベッドの上に身を起こし、溜め息をついた。窓の外は、既に充分明るい。 サイドテーブルに置いていた片眼鏡をかけ、少し乱れた前髪をかき上げる。 ベッドから降りると、まず部屋に備え付けてある洗面所で顔を洗って頭をすっきりさせ、湯を貰うために厨房へ向かう。 隣のベッドでまだ眠っているひとに、お茶を淹れるために。 ――――おまえもあんな生臭ボーズのために、よくやるよなぁ。 紅い髪の親友に言われた言葉を思い出し、ふと苦笑する。彼の目からは、自分が随分と甲斐甲斐しく恋人の世話を焼いているように見えているらしい。 けれど、実際にはそうでもなくて――――自分に許されていることといえば、ただ一時その肌に触れることと、こうしてお茶を淹れたりすることくらいだ。それだって、いつまで有効なのか判ったものではない。 あのひとが一言、”もうお前なんて要らない”と、そう言いさえすれば、自分の存在意義など容易に失われてしまうのだ。 部屋に戻ると、彼の人は既に身支度を整えて、椅子に座って新聞を広げていた。 「おはようございます、三蔵」 いつものように笑顔を作って声をかけながら、その前のテーブルに湯呑みを置く。 ああ、と短く返した三蔵は、当然のようにそれに手を伸ばす。 いつも通りの朝。 それが、至福。 「今日の予定はどうしましょうか?」 自分の荷物の中から取り出した地図をテーブルに広げ、現在位置を確認する。 読み終えた新聞をたたんでベッドの上に放った三蔵が、法衣の袂から煙草を探り出して一本唇に銜えた。 その先に火が点るのを待って、八戒は今いる町の位置を赤ペンで囲った。 「ここからこの森までは大体半日くらい。それほど大きくないですし、突っ切っても迂回しても大差ないと思いますが」 「次の町まではどれくらいかかる?」 「そうですね……何事もなければ二日、ってとこでしょうか」 「食料は?」 「昨日買い出しに行ってきました。悟空の食べる量と、ジープに積める量を考えて、ざっと五日分」 「………保って三日だな」 「あは。何事もなく町に着けるといいですねェ」 町までのルートを検討し終えた時、隣の部屋から派手な物音と怒鳴り合う声が聞こえてきた。 「あ、いけない。朝食頼んでくるの忘れてました。悟空が餓死しちゃいますね」 手早く地図をたたむと、八戒は立ち上がり、ちょっと行ってきます、と言い残して部屋を出て行った。 同じく立ち上がった三蔵は、悟浄たちの部屋と隣接した壁を拳でドンと叩いた。 「うるせぇぞ、クソ河童にバカ猿! 朝っぱらから騒いでんじゃねーよ!」 ピタリと静かになった隣室に満足し、三蔵は再び椅子に腰を下ろして煙草をもう一本取り出し、吸い始めた。
森の出口付近で夜を迎えた一行は、簡単な夕食を済ませ、車内で眠ることになった。 後部座席から二重奏が聞こえてくると、八戒はハンドルの上にそっと頭を凭せ掛けた。 「ジープ、今日も一日お疲れ様。明日も頼みますね」 そう呼び掛けて撫でてやると、キュイ、と短く答えが返る。 しばらくそのまま、ただ微かに聞こえる虫の音に耳を澄ましていた。 一日中運転をしていた疲れはあるけれど、そんなものは妖怪の身としては大したことじゃない。こうして休んでいるだけでも、だいぶ回復できる。 顔を横向けて、助手席を窺う。 静かに目を閉じている彼は、確かに眠ってはいるのだろうが、少しの物音でも目を覚ましてしまいそうだ。そんな、神経を張り詰めているような感じがする。 この人が隣で安心して眠っていられるような、そんな存在になりたいのだけれど。 そっと手を伸ばし、触れるか触れないかのところで止めた。 「………まだ、僕は……ここに、貴方の隣にいても良いんですよね……?」 月灯りに浮び上がる横顔が、とても綺麗で。 八戒は手を引っ込めると身を起こし、シートに背を預けた。 少し、眠れそうだと思った。 目を閉じる前に見上げた空からは、星たちが降ってきそうだった。
何かほのぼのとしたお話を書きたくなったので。 |