NERVOUS




 三蔵の女性化の呪は解けることもないまま、一行はとある町中を歩いていた。
「なーなーなー三蔵ー! 肉まん食ーいーたーいー!!」
 空腹もピークを超えたか、先程から悟空の訴えが一層しつこくなっている。悟浄は密かに、心の中でカウントダウンを始めていた。
 ぶちっ、と音がしそうな勢いで三蔵の堪忍袋の緒が切れる。元々決して丈夫な訳ではないそれは、今回はそれでも良く持った方だと思われた。
「うるせぇ、いい加減にしろバカ猿ッ!」
 高く澄んだ声が、それなりに凄みを利かせて怒鳴りつける。
 それでも騒ぐのを止めない悟空に、ついにハリセンが登場したところで、八戒が間に割って入った。
「まぁまぁ三蔵、良いじゃないですか肉まんくらい。僕が買って来ますから、ね?」
「あっ、じゃ俺も行く!」
 八戒の跡を、嬉しそうに悟空が付いていく。残されたのはエロ河童とか弱き美女(他人様ビジョンによる)。
 尤も、この隙に少しでもお近づきに、などという悟浄の目論見が三蔵を相手に成功する筈もなかったが。



 良いことなのかと問われれば、首を傾げるところだが。
 自分のものではない声で話したり怒鳴ることも、ピンクの可愛らしいハリセンを振るうことも、身長7センチ差の視界の違和感も、何とも思わなくなった。つまりは慣れたということだ。
 一生戻らない訳ではないのだから、悲観するだけ馬鹿らしい、と開き直ることにしたのである。
 しかしやはり、どうあっても慣れないものはある。
 無駄に前に突き出していて、窮屈な胸元。何より銃を扱えない不便さと心許なさ。
 もちろん、そんなこと他の奴等に悟らせたりはしない。
 ――不安、だなんて。



「お待たせしました。ついでなんで、全員分買ってきちゃいましたよ」
 既に両手に一つずつ持ち、更にもう一つを口にくわえている悟空を従えて、紙袋を抱えた八戒が戻って来た。
「どうぞ、三蔵」
 直接手渡すことはせず、袋の口を開いて中を見せる。
 ちらりと見上げると、八戒はふわりと微笑んで返した。――もう一つ、慣れないもの。
「はい、悟浄もどうぞ」
「お、サンキュ」
 三蔵が一つを袋から取り出すと、今度は悟浄に肉まんを差し出す。それを視界に入れないようにしながら、はくん、と一口かじって。
 口の中に広がった味に、三蔵は思わず八戒を振り返った。
 当たり前のように目が合い、当たり前のように笑みを返される。今度はちょっと悪戯っぽい笑み。偶然とか、そういうことではないらしい。
 三蔵が手に取ったのは、肉まんではなくあんまんだったのだ。
 八戒の、あまりにさり気ない、さり気なさ過ぎて気付けないことさえある優しさ。
 らしくない想いが湧き上がってきて、三蔵は慌てて八戒から目を逸らす。心なしか、顔が熱い気がする。
 慣れない、居心地が悪い。こんな自分。
 餡の甘さが、何故だか切ない。思考までがオンナになってゆく――混乱する。
"そのうち戻るだろ"
 無責任極まりない観世音菩薩の言葉がよみがえる――。


「……そのうちっていつだよ、クソババア……」


 もうすぐ自分の態度を不審に思って、八戒が声をかけてくるだろう。そんなことさえ予測できてしまう。
 ――アイサレテル、なんて思いたくなんかないのに。






不安定な三蔵チャン。
女性化して力は弱くなるわ、その所為で銃は扱えないわ、
そりゃ不安にもなるわなー(苦笑)
八戒さんがさり気にイイとこ取り?
ってそりゃいつもだって(笑)






モドル