恋の盲者





「オレ以外の奴なんか見ないでよ! アンタはオレのもんなんだよ!?」
 泣きそうな顔で縋りつきながらメチャクチャなことを喚いている愛しい後輩を、手塚は途方に暮れて見下ろしていた。
 リョーマのこの激情を理解できない自分は、どこかおかしいのだろうか。
 普段の生意気で自信家な彼の姿は今はどこにもなく、ただ不安をぶつけてくる駄々っ子がそこにいた。
 どうしてそこまで不安にならねばならないのか、手塚には到底判らない。自分は、この子供の想いに応えた。思い切り抵抗はあったが、カラダまで許した。これ以上、どうしろと言うのか。
「部長……!」
 ぶつかる勢いで塞がれた唇を、拒む気にはなれなかった。
 そのまま伸し掛かってくる小さな恋人を、手塚は抗うことなく抱き止める。



 ――――――判らない。
 これ以上、どうしたら良いのか。





「ねェ、オレのこと好きになってよ」


 まるで何かの話のついでのように言われた言葉を、手塚は最初理解できなかった。
 まず、誰に向かって言っているのだろうと思い、周りを見回した。が、今のリョーマの声が届く範囲内にいるのは自分だけだった。
 どうやら自分に向けての言葉らしいと気づいた後、ようやく、何を言っているのだろうと思った。
「ねェ。聞いてる?」
 グラウンド20周だ!――――と言うのが多分、通常の反応だったのだろう。何なら30周でも良い。
 だが手塚は、リョーマの言葉の意味がまったく判らなくて、戸惑っていた。
 そんな手塚の様子に溜め息をついたリョーマは、目深に被っていた帽子の鍔を持ち上げて、まっすぐ手塚を見上げた。
「……アンタが好きだよ、部長。オレの恋人になって下サイ。」
 ハッキリキッパリと曲解しようのないコトバで言って、ニヤリと笑う。
「―――イミ、判ったっスか?」
「………越前………」
 おかげさまで理解はできたが、今度は手塚は呆然としてしまった。
 所謂フツーの恋愛でさえ相当に鈍い、と言われている手塚の頭に、同性愛などというものが理解できるはずもない。偏見はないが、とにかく「判らない」のである。
 越前は実は女だったとか、或いは俺が女に間違われているのか?――もちろん答はどちらも否だ。リョーマが部室で着替えているのを見たことなど何度もあるし、不二ならばともかく、手塚の体格で女と間違うには無理がありすぎる。
 傍目には全くの無表情のまま固まっている手塚をしばらく面白そうに眺めていたリョーマは、やれやれ、と言うように肩を竦めた。
「部長。オレのこと気持ち悪いって思った?」
「……いや……」
 手塚はリョーマの問いを否定した。そう、気持ち悪いとかは思わない。だから、余計に判らないのだ。
 リョーマは笑った。
「じゃ、いいや。もうちょっとの間、待っててあげるよ」
 でもなるべく早く、オレを好きになってね。
 そう言って、リョーマは踵を返した。ちょうど練習試合を終えたらしい桃城の方へ、「お疲れっス」などと声をかけながら歩いて行く。
 まだ呆然としたままの手塚を、その場に残して。




 その勢いに、かなり引き摺られているような気はしないではなかったが。
 テニスだけでなくリョーマを意識するようになって、気がつけば目で追うようになり、もしかしたら好きなのかもしれない、と感じるようになって。
 キスをされて、少しも嫌だと思わなかった自分に気付いた時、手塚は心を決めた。
 リョーマを、受け入れようと。


 そうして所謂恋人同士になった二人だったが。


 あの時の強気な態度は一体何だったのか。
 リョーマは一転して、手塚の行動にいちいち干渉し、過剰な反応をするようになった。
「今日不二先輩と何話してたの」
「どーして英二先輩にベタベタくっつかせてんだよ!」
 そしてことあるごとに所有権を主張した。
 あまりのしつこさに呆れはしたが、そこまでは子供っぽいヤキモチと、手塚も流していたのだが。
「大石副部長と話さないで」
 これにはさすがに、笑って聞き流すことはできなかった。
 二人きりになるなとか、必要以上に近寄らせるなとかはまだ、多少妥協し合って解決することはできる。それでも妥協するのは手塚の方だけで、リョーマは譲らなかったのだが。
 しかし、会話をするなと言うのは――しかも相手は大石である――無茶にも程がある。
「……いい加減にしろ、越前。無理に決まってるだろうそんなコト」
「無理でも話すな。アンタはオレのモンでしょ!?」
 ――――――その後はもう、メチャクチャだった。




 振り払おうと思えば、容易に振り払える。それだけの体格差や、腕力の差はある。
 抗わないのは、抗えないのではなくて――どんなに身勝手なことを言われても、手塚がそれを許してしまっているからだ。
 ほんの一ヶ月ほど前には欠片も理解できなかったのに、「好き」という気持ちが今では自分自身でさえ押さえ切れないほどに強く大きくなっている。
 リョーマに所有されることを望んでいる。リョーマを所有したいと願っている。
 けれど。
「好きだよ、部長……。好き……好き、大好き………」
「……越前……」
 自分を貪る幼い獣を、愛おしげに抱き締める。
「オレのことだけ見て……」
 手塚の全てを貪り尽くしても、まだ足りないと求めてくる。ワガママで、貪欲で、それでも愛しい子供。
 手塚が持っているものはもう、求められるまま全て彼に与えてしまっている。
 これ以上、一体どうしたら良いと言うのだろう。


 俺にはもう、これ以上お前にやれるものなど何ひとつ残っていないというのに。







初テニスSSがこれ…重っ!!(死)
ウチの王子はどーやら、片想い中の方が無敵。
手に入れるまでは強気で良いけど、
相手の気持ちを繋ぎ止め続けておくのって大変。
でも何だかんだと部長も王子にベタ惚れな模様。
この間の、王子アタック大作戦とかも書きたいですねぇ(笑)






モドル