丸
受付所に現れた見慣れた銀髪が、迷うことなくイルカの前に立つ。
イルカは先程受け付けた報告書を脇に伏せ、顔を上げた。
「こんにちは、カカシ先生。任務お疲れ様です」
他の誰に対するものとも寸分違わぬ笑顔で労う。
彼は、ああ、どうもと寝惚けたような目で寝惚けたような返事をする。
けれど。
差し出された報告書と一緒に、小さな紙片が挟まれていた。
『今夜 呑みに行きませんか』
たった一文、短いメッセージがそこにしたためられている。
イルカはお預かりします、とそれを受け取り、報告書のチェックを始めた。一通り確認すると、ペンのキャップを取り、
「カカシ先生、ここ、記入漏れです」
そう言いながら、先のメッセージをくるりと丸で囲った。
それを眺めていたカカシが目を細める。
「あちらでどうぞ」
手紙ごと報告書を返し、イルカはニコリと笑った。
「はいはい。……じゃ、後で。イルカ先生」
「はい」
カカシがその場を離れるのに軽く会釈すると、イルカは彼の後ろに並んでいた忍びに、何事もなかったかのように笑いかけた。
「こんにちは、任務お疲れ様です」
カカシの背を、見送ることはしなかった。
「カカシ先生、何でいつもあんな面倒な誘い方するんですか?」
飲み屋からの帰り、幾分ぼうとする頭のまま、イルカは隣を歩く男に訊ねた。
イルカとカカシが友好な関係を築いているということは、別に他に隠すようなことではない。ただ呑みに誘うのなら、普通に声を掛けてくれればいいのに。
するとカカシは、唯一表情を窺うことのできる右目を楽しそうに細めて、
「だって、何か秘め事っぽくて燃えません? 社内恋愛してるみたいでしょう」
「………何言ってるんですか」
呆れたように返しながら、イルカは何故か急に早くなった鼓動に戸惑った。何だこれ。俺、今日ちょっと呑み過ぎたのかな……。
どことなく熱っぽく感じる頭を軽く振った途端、目眩を感じたイルカはふらりと足下を縺れさせた。
あ、転ぶ―――ぼんやりとそう自覚するが、それはカカシの腕によって防がれる。支えられたと知り、慌てて礼を言って離れようとしたが、適わなかった。逆にぐいと引き寄せられる。
「………え………」
かすかに。
ほんの一瞬だけだったけれど、確かに唇に触れた、柔らかいもの。
「カカ…………」
「イルカ先生、送っていきますよ。何だか今日のアナタ、危なっかしくて放っとけないから」
「あ、……スミマセン……」
クスクスと笑うカカシの目が、何だかとても優しくて。
イルカは先の彼の行為を問い返すことが出来なくなり、ただそうとだけ応えた。
顔のほとんどを隠して、それでも尚整っているだろうことが窺える、彼の横顔。食事の時などに晒される素顔は、期待を裏切らないもので。
―――キスされた、なんてきっと気のせいだな。このひとが、俺みたいな大して綺麗でもない奴に手なんか出すわけねぇって。
カカシに支えられ帰路を辿りながら、イルカは、このひと何で俺んちの方向知ってんのかな…とぼんやり思っていた。
翌日、カカシはいつものように受付所を訪れ、いつものようにイルカの前に立った。
幸い二日酔いに悩まされることもなかったイルカも、いつものように彼に笑いかけた。
「こんにちは、カカシ先生。任務お疲れ様です」
差し出された報告書を受け取る。と、そこに挟まれていた紙片に、少し驚く。二日連続での誘いなど、今までなかったのだ。
だが、そこに記された分を目にしたイルカは、更に驚くことになった。
『そろそろ本気でアナタを口説いても良いですか?』
イルカは目を見開き、真っ赤になって思わず辺りを見回した。
誰も自分たちを見ていないことを確認してから、チラリと上目遣いにカカシを見遣る。
カカシは、いつもの寝惚けたような目ではなく、まっすぐな眼差しをイルカに向けていた。
その目に、昨夜と同じ鼓動の早まりを感じて、イルカはうろうろと視線を彷徨わせた後、意を決したように大きく一つ息を吐いた。
ペンのキャップを取り、
「――――はい、結構です」
くるりと、その文を丸く囲った。
その瞬間、カカシの目が嬉しそうに細められたのを、平静を装うことに必死だったイルカは気づくことができなかった。
――――――end
カカシ×イルカリンクトップ企画投稿作品。テーマは「手紙」。
何と言うか、…恥ずかしいですねーこの人たち。
これがトップにあったのを見た時は、本気で
「すみません何かの間違いです!!」
…とかメール出したくなりましたよ、マジで(小心者)
'03.06.22up
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