LOVELY BABY
〜9〜



 案の定、ガキは何度か迷子になり、あさってな場所から電話を寄越してきた。お仕事中のときは放置するしかなかったが、他のときはとりあえず近くのコンビニかファミレスに入っているよう言って、後で回収に行った。迷子ペットのお迎えも、飼い主の義務だからな。
 もちろん、毎日ってわけじゃない。部活やバイトで遅くなったり、学校の近くに住んでるというおじさんのところに行ったりと、まァ、お泊りできんのは週二くらいだな。
 今日はようやく、注文しておいた首輪代わりのものと迷子札ができたと連絡が入って、俺は朝からちょっと浮かれ気味だった。シャンクスにからかわれるくらいには。
 機嫌はよかった。だから、その客を受け入れた。
 三ヶ月も前から予約を入れやっと会えたと喜んだ男は、サカキと名乗った。バイで、妻子があるがカムアウトはしてないと言う。
 面倒な客に当たったらしい。確かに表向きは『マッサージ&トーク』ってことになってるが、俺はカウンセラーじゃねんだけどな。そう思いつつ、くたびれたサラリーマン風の男の話を聞いてやる。
 そこまで好みから外れているわけではないが、楽しむために来るお客サマを楽しませるのが俺の仕事であって、愚痴を聞くってのは違うと思うのだ。
 気弱そうな男・サカキは、三十分たっぷり自分の話をしたあと、俺のことを訊いてきた。
「サンジ……君、は。きみはどうしてこんなところで働いてるんだい? もっと、何か夢とか――そういうのはないの?」
 さすがに、気分がいいからって理由でいかにも面倒そうなこの男を受けたのを後悔していた。たまにいるんだよな、こういう余計な世話を焼きたがる奴。自分の不幸に酔い、勝手に他人まで不幸にさせたがる奴。ヤる気がねェんなら帰ってくんねェかな、マジで。
 大概うんざりしていたが、そこは俺もプロだ。サカキの話に合わせてやった。

「俺ね、コック目指してた頃があったんだけど。専門学校出てさ、小さいレストランで働き出して。でも半年もしないうちに俺がゲイだってことがバレちゃって――そこの奴ら皆、そーゆーのに偏見持っててさ。首になっちゃったの」
「……サンジ君……」
 しんみり口調で言うと、サカキはごつくてダサい眼鏡の奥の目を潤ませた。
 こういう、単純そうなとこは悪くない。基本、頭の悪くない馬鹿は好みなんだ。
「……両親にも、それで知られちゃってさ。絶縁されて――行くとこもなくて困ってたら、ここのオーナーに拾われて。そのままここで働かせてもらうことになったんだ」
 グチグチ自分の身の上を不幸がってたサカキは、俺の話に深く同情し、何もしてないのにチップを握らせ、
「強く生きるんだよ。夢を捨てちゃ駄目だ」
 そう、暑苦しいことを言って、時間前に帰っていった。アホだ。何しにきたんだ、まったく。

 

 

 そのあとはフツーに、延長+挿入アリの客が二人、フェラとマッサージが一人ずつ、サカキを含めて計五人を相手にした。
 身体よりも精神的にぐったりして――もちろん原因はサカキだ――帰路に着く。が、マンションの前で思い出して、方向転換する。道三本向こうの居酒屋にガキを預かってくれるよう頼んでいたのだった。
 珍しく近くで迷ってたので、行きつけのその店へ行っているようにと教えたのだ。前の休みのとき、顔を出し損ねてたから、ついでに覗くつもりで。
 今日は土曜で、ガキは明日午後からのバイトまでうちにいる予定になっている。ちなみに今日は午前に部活で夕方までバイト、そのあとおじさんがやっているという道場に行っていたらしい。
 俺は居酒屋の暖簾を潜った。

「おう、らっしゃい! ……って、お前かサンジ」
「いらっしゃい。お久しぶりね、コックさん」

 俺とは付き合いの長い、板前のウソップと、美人女将のロビンちゃんが声を掛けてくれる。
 残念ながらロビンちゃんは人妻で、旦那のフランキーは大工の棟梁。仕事のあとは部下たちとここでよく騒いでいるが、朝が早いので今日はもうその姿はなかった。
「こんばんは、ロビンちゃん。こないだは会いにこれなくてごめんね〜」
 ストレートの黒髪が美しい彼女は、どこかミステリアスな微笑を浮かべて、そうね寂しかったわ、と合わせてくれる。俺は無視かい、とウソップがすかさず突っ込んでくる。
 俺は小ぢんまりとした店内に目を走らせる。テーブル席に二人連れ、三人と四人のグループがそれぞれ一組ずつ、カウンターで一人で飲んでる奴が二人。満員、ではないがそこそこ賑わっている。
 ロビンちゃんがクスリと笑って、
「あの子なら、奥よ。少しの間、カウンターにいたのだけど、眠ってしまったから」
「つーか、お前。アレ、いくつよ? 犯罪じゃねェかよ」
 ウソップが長い鼻の先を掻きながら、胡乱気に俺を見る。
 うちのにゃんこは、どうやら無事にここへ辿り着き、俺を待ちくたびれて寝てしまい、奥の座敷に運ばれたらしい。てことは、
「……てめェ、ウソップ。アレに触りやがったな?」
 ギロリと睨むと、ウソップは短い悲鳴を上げ、ロビンちゃんの後ろに隠れやがった。
 盾にされたロビンちゃんは、何故かひどく楽しそうだ。
「でも、初めてじゃない? コックさんが誰かを連れてここに来るなんて」
 とても大切にしているのね、と笑顔で言われ、何だかむず痒い気持ちで苦笑を返す。
 と、客のひとりが席を立ち、彼女はごめんなさいね、と言ってそちらへ行ってしまった。ウソップは注文を受けたらしく、包丁を手にしている。
 ウソップの本職は売れない画家だが、元々器用な性質なため色々な資格を持っていて、結構何をやっても食っていける奴だ。縁あって、ここで板前なんぞやっちゃいるが、画家として成功したいという夢を諦めてはいないと言う。
 俺は店の奥へと入り、小さく仕切られた座敷の襖を開けた。
 座布団を並べた簡易な敷布団の上に、すっかり熟睡しているガキがいる。蹴り起こしてやろうかと思ったが、あまりにも気持ち良さそうに眠っているので、溜め息をついてその場に腰を下ろした。
 さすがはにゃんこ、和むなァ、なんてアホなことを思いつつ眺める。あァでも、ここももうそろそろ看板だ。あんまり長居はできねェな。


 ロビンちゃんは、今でも俺をコックと呼ぶ。
 サカキに話した身の上話は、ほぼ実話だった。もう、六年以上も前の話だ。違っているのは、シャンクスとの出会いと今の仕事を始めたきっかけだけ。あれは本当に偶然で、趣味と実益を兼ねたいい仕事だと思ったからだ。
 別に、そんな重い過去として引き摺ってはいない。ネタとしてこうして時々使うくらいだ。本気にしてる奴は少ないだろう。
 そりゃあ、コックの夢は今も捨て切れてはいないけれど。事情を知るロビンちゃんとウソップが、俺を心配してくれているのは判ってるけれど。まだ、色々と時期じゃねェってか、な。

「……ゾーロ。起きろよ」

 ツン、と頬をつついたら、にゃんこはうぅんと唸って、コロンと寝返りを打った。

 

 

 

 

      ――――NEXT

 



ずっとずっと考えては脳内で微妙に直してた、サンジさんの過去。
最初は、お店の商品に惚れこんで、
せっせと通ううち気づけば働いてた…みたいな適当な感じでした。
色々考えるうち、何故か微妙に暗いっぽい過去に(苦笑)
ロビンちゃんとフランキーの役どころは最初から決まってましたが、
ウソップを板さんにしたのは小話の後決めた。
サンジさんを一番理解してる友人ぽいポジションで。
…多分、そんな描写はあまり出てきませんが(爆)
ゾロたんは、今回はちょっとおやすみでしたね(笑)
次はちゃんと出ます、すみませんm(__)m
'09.02.09up


 

 

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