LOVELY BABY
〜16〜



 俺の気まぐれで、奴はにゃんこになった。
 だが本当は、鋭い爪と牙を持った虎の仔だった。
 元より、ひとりの人間の将来を背負うつもりなど俺にはなかった。けれどこれではっきりとした。俺には俺の目指すものがあり、同じようにこいつにはこいつの目指すものがあるのだと。
 友人想いの少女とチビにはいくら謝っても済まないだろうが、ここを離れる俺が、こいつを縛りつけておくわけにはいかない。俺はこいつのために夢を捨てることはできないし、こいつの道を潰すような真似をする資格も覚悟もありはしないのだから。

 

 

「サンジさん、来てくれたんだ」
 嬉しそうに言うにゃんこは、汗を拭くのもそこそこに荷物を担いで控室を出て来た。
 顧問とか他の部員とかいいの、さすがに早すぎる引き上げに心配になったのでそう訊くと、大きく頷いて、
「ミホーク先生が、今日は俺はもういいって」
 一年で、デビュー戦に大将として出てる上、そんなとこまで特別扱いかよ。上の奴らと巧くやれてんのかね。僻まれて、いじめとかに遭ってんじゃねェだろうな。
 しかし、そんな俺の心配を笑い飛ばすかのように、控室から顔を覗かせた部員らしき数人が、こちらに声をかけてきた。
「ゾロの兄貴、お疲れッス!」
「気ィつけて帰って下せェよ!」
 ……どう見ても、あいつらのが上級生なんだけど。しかもにゃんこも、「おう」などと当たり前のように手を上げて応えている。年功序列じゃなく、実力重視ってことか。
 つか、『兄貴』って、チンピラか何かかって感じだな。
 まァ何にせよ、部内ではそれなりに巧くやっているようで、その点は安心した。
 友人ふたりと帰るかと思っていたが、そちらは元々断ってあったらしい。さりげなく訊いてみると、オレンジ髪の美少女と黒髪のチビは、とうに帰ってしまっているそうだ。
「あんた、もしかして来るかもって言ってたから。バイト休みだし、メシとか……食えるかと思ったから」
 照れくさそうに言う、頬を染めたにゃんこは、やはり美味そうで。
 後に仕事が控えてなきゃ、その辺のホテルにでも連れ込んで食っちまいたいくらいだった。
 ま、カッターシャツに防具を担いだ健全そうな高校生――いや、中坊に見えるかも――を連れ込めるわけはねェんだけどな。
「じゃ、どっかで食ってくか? それか、俺一旦帰るけど、」
「サンジさんのメシがいい」
 俺が提案する前に、にゃんこが訴えた。安上がりな奴だな、と笑いつつ、悪い気はしない。途中でスーパーに寄ることにして、ふたりで会場を後にする。
 しかし俺たちって、周りからどう見えてるんだろうな。自分で言うのも何だけどチャラ系の大人と、いかにも真面目そうな、それでいて派手な頭のスポーツ少年。せいぜいが兄弟、フツーに親戚とかかな。派手なおじに連れまわされる真面目な甥、とか?
 まさか恋愛関係、ましてや飼い主とペットの関係だとは、だれも思いはしないだろう。ガキの左耳に光る三つのピアスが、首輪代わりだなんて。さっきの会場にいた、誰一人として――否、あの友人ふたりは除いて、か――。
 思えばこんな何も知らないガキを、外で手も繋げないような関係に引き込んでしまって。今更ながら、後ろめたい気持ちがあった。試合を見たからか。それとも、もっと以前から。
「サンジさんのメシ、楽しみ」
 先を歩く俺の後ろを小走り気味についてくるにゃんこが、へへっと笑って言う。
 素直で真っすぐな、かわいいにゃんこ。
 俺がいなくなったら、こいつはやはり泣くのだろうか?

 

 

 

 

 オーナーに聞いたんだけど、とミズキが切り出した。
「店、辞めんのか」
「えー、もー何話してんの、あのひと」
 俺はむう、と唇を尖らせた。まだちゃんと返事してないってのに、客、それも一番のお得意サマにバラすなんて。
 ミズキは小さく笑い、
「お前が決心つかないみたいだから、背中押してるつもりじゃねェの。お前の夢、なんだろう」
 優しげに目を細めて言う言葉は、俺をまだ揺さぶる。
 確かに少し前までの俺なら、一も二もなく受けていただろう。こんなうまい話、この先二度とめぐっては来ないだろうしな。
 俺も、決めてたつもりだったのに、シャンクスばかりかミズキにまで迷いを気づかれていたとは。
 俺は、笑った。きっと困ったような、微妙な笑みになってしまっていたはずだ。
「ミズキさんは、俺がいなくなっても寂しくないの?」
「……寂しい、けどな。いつかお前が店を持ったら、連絡してくれ。食いに行くし、俺に出来ることがあったら何でも手を貸すぜ」
「気が早いなァ」
 ミズキが差し出した名刺には、聞いたことのある大きめの会社の名と、それなりの肩書。
 こういうお仕事上、客から名刺など受け取るのは初めてだった。
「ありがと、ミズキさん。そん時は、資金援助とか頼んじゃうかも」
 冗談めかして言うと、ミズキは子供のようににっかりと笑って、「おう、任せとけ」と頷いた。

 

 翌日やってきたナツメも、シャンクスから俺のことを聞かされたらしい。
「サンジと会えなくなっちゃうなんて、寂しい〜」
 ナツメは部屋に入るなり俺に抱きつき――それはもう、潰されるかと思うほどの力で――わんわん泣いて、
「お店出すときは、絶対に連絡ちょうだい。私に、ユニフォームのデザインさせて。きっとよ!」
 そう熱く言って、俺の手の中に名刺を握らせてきた。
 ったく、どいつもこいつも気の早いことだ。

 

 

 

 

      ――――NEXT

 



ナツメさんがデザイナーというのは、この展開用の設定でした。
もうひとり、エニスさんというお得意さんがいて、
その人は実はインテリアコーディネーターなんですが。
サカキさん出したら、出す機会がなくなった(笑)
ちなみに『エニス』は『大槐(犬槐)』って木の別名だそうですよ。
さて、このお話も終盤に差し掛かってるわけですけど。
あと何話かなァ…もう判らん(死)!
9月中には終わらせます。でないと、どうにもならん(苦笑)
'09.08.31up


 

 

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