LOVELY BABY
〜15〜



「あ、そーだ」
 俺の想いなど何も知らないにゃんこは、すっかり皿を空にし、きちんと手を合わせてから思い出したと言わんばかりにまた顔を上げた。
「俺、今度、試合に出れるんだ!」
「へェ、すげェじゃねェか」
 これには感心した。フツー、一年なんてのは雑用とかしかできねェもんだろ。やたら熱心だとは思ってたけど、こいつマジで強かったんだな。
 俺に褒められて嬉しかったらしく、にゃんこは頬を染めて興奮気味に、しかしやや窺うような目で、
「次の日曜の朝十時からなんだけど……サンジさん、観に来てくれねェ?」
 ――上目遣いとは、ずいぶんとおねだりが上手くなったもんだ。俺はわざとらしく空を見、スケジュールを考えるふりをした。
 日曜ならいつも仕事は午後からだし、その日は今んとこ予約が三時過ぎからしか入ってないから、シャンクスに一言頼んどきゃ多少時間はどうにかなる。すぐにOKしてもよかったが、焦らして不安そうな表情を見たかったのだ。しつこいようだが、俺、Sだし。
 期待したとおり、にゃんこの見えない大きな耳が少しずつ萎れていく。
「んー、ま、気が向いたらな」
 さすがにその萎れっぷりが可愛い、もとい、かわいそうになって。でもやっぱり焦らしたくて、そんなふうに応えてやった。
 少しだけ浮上したにゃんこは、試合の行われる場所の名前を言って、ビール、と呟いた。俺は苦笑し、立って行って冷蔵庫からビールを持ってきてやった。ついでに残ってたスルメも出してやると、メシの後だというのに喜んで手を出してくる。
 つか、自分で出しといて何だけど、ビールにスルメて。この年からこんな飲兵衛になっちゃって、大丈夫かねこいつ。
 でも何となく、今日のとこは美味そうにビールに口をつけるにゃんこに癒されておこう。

 

 

 試合当日。
 シャンクスと話をした後で会場に向かった俺は、途中迷ってしまい――バカ猫じゃあるまいし!――三十分遅れで辿り着いてみれば、すでに試合は終盤に近いようだった。
 にゃんこの出番は終わってしまっただろうか、そう思いつつそれなりに人で埋まった客席の空いた所を探す。と、比較的前のほう、黒髪の女の子の隣が空いていた。眼鏡の似合う美少女は、俺の会釈に気さくに応え、次が大将戦ですよと教えてくれた。
 彼女は、にゃんこの通う東高のOGらしい。スカウト目的で、他にも大学部から観に来ているという。現在の試合、副将戦では東高が優勢のようだ。
 一年坊なら出ても最初のほうだろうから、見逃しちまったかな。少し残念に思い、ふと周りを見回すと、最前列の席、オレンジの髪が見えた。たぶん、隣には黒髪のチビもいるのだろう。
 彼女たちに向って、にゃんこを大切にすると約束したのは、そんなに前の話じゃない。チクリと痛んだ胸を押さえた時、わあっと客席が沸いた。勝負がついたのだ。優勢のまま、東高が勝ったらしかった。
 いよいよ大将戦。にゃんこの出番が終わっているならどうでもよかったが、せっかくだから最後まで観ていくかと、試合場に改めて目をやり、俺はぎょっとした。審判に呼ばれて立ち上がった胴着姿は、周りの選手と比べてえらく小柄で。どう見ても、うちの可愛いにゃんこだったのだ。
「オイオイ、東高の大将は一年かよ。こりゃ北高の勝ちは決まったな」
「先鋒、次鋒が続けて負けたからなー、東高としちゃ計算違いってやつじゃねェの?」
 ざわつく客たちが、そんなふうに囁き合うのが聞こえる。俺は、隣の眼鏡美人に説明を求めた。
 彼女は眉を寄せ、試合場を見つめたまま答えてくれた。
「普通、先鋒から順に、より強い選手を登録していくんですが……、大将同士の力量に差がある場合、順番を変えることもあるんです。試合は全五戦、三勝すればいいわけですから、大将戦まで持ち込ませずに勝負がつくようにするんです。つまり、」
「相手の二番目に強い奴になら、こっちの一番の奴は勝てるってこと?」
「ええ。だからその場合、実際には戦わない大将にはだれがなってもいいんです。それで一年の子を据えたんでしょうけど……」
 彼女は膝の上で握った手に、ぎゅっと力を込めた。大きな目の光が、鋭くなる。
「計算外に二対二で大将戦にもつれ込んでしまって……だからって、あんな小さな子。可哀想すぎます……! 鷹の目の人の采配とは思えない!」
 タカノメ、俺は口の中で呟いた。トウガラシが思い浮かぶ。って、ありゃタカノツメか。
 しかし、あいつ。試合に出れるって、実質補欠みてェなもんじゃん。大丈夫なのか? 隣の彼女じゃねェけど、試合相手、上背は180は下らねェだろうし、幅は奴の1.5倍はありそうだぜ。ふっ飛ばされんじゃねェの。
 ちょっと心配になった俺だったが、前方で黒髪のチビが「ゾロー、ぶっ飛ばせー!」と何の試合の応援か判らないことを叫ぶのに笑いそうになった。オレンジ髪の美少女も、「負けたらラーメン奢らせるわよ―!」などと酷な声援(なのか?)を送っている。二人とも、奴が負けるとはまったく考えていないらしい。その理由は、試合が始まってすぐに知れた。
 奴の気迫。オーラ? そんなものが、目に見える気さえした。相手のデカブツはそれに呑まれ、一本目はあっという間もなく決まった。
 場内がしん、と静まり返る。眼鏡の彼女が、先とは違う意味で拳に力を入れ、ごくりと喉を鳴らす音が聞こえた。
 剣道なんてルールもろくに知らないが、奴の一本がまぐれでないことは二本目を見るまでもなく判った。
 補欠なんかじゃない。計算違いの試合でもない。奴は正真正銘、東高の大将だったのだ。顧問か何かだろう厳つい顔の男が、眉ひとつ動かしてないのが、その証拠だ。
 可愛いにゃんこが、試合中は獰猛な虎か何かのように見えた。初めて見る姿。俺の前では決して現すことのない、にゃんこの正体。
 全身の血が、燃えるかと思った。


 鮮やかに二本目も決め、礼をして試合場を出た奴は、顧問らしき男の元へ戻った。面を取り、真剣な表情で、何かを言う男に頷いている。そして礼をし、今度は何かを探すように騒がしい客席を見渡した。
 友人ふたりに気付き手を振るが、探し物はそれではないらしく、またきょろきょろする。
 見つからないだろうと思っていたのに、にゃんこの目は、俺の姿をすぐに探し当てた。その瞬間、いつものようにぱあっと表情を明るくしたにゃんこに、俺は息を呑んだ。
 虎に首輪をつけて飼い馴らすなんて、そんなことをしていいはずがない。
 愛しさと同時に、急に恐怖にも似た感情が湧きあがって来た。

 

 

 

 

      ――――NEXT

 



試合の描写は、全く書くつもりはなかったのです。
実は最初、番外小話で書くはずだったネタ。
本編に入れたほうが、展開に無理がないかもと思いなおして、
それでこんな感じにしてみたんですが〜…
展開に無理があるのはもともとで、意味なかったかな(^^ゞ
たしぎちゃん、出してみました。
くいなは、サンジさん視点ではどうしても出す機会ないんですけどね。
ってか、鷹の目の人って!(爆笑)
自分で書いてて可笑しかったですが、名前出すよりこっちのが合ってたので。
'09.08.04up


 

 

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