LOVELY BABY
〜14〜



 それは本当に、突然降って湧いたようなチャンスだった。


 にゃんこは夏休みに入り、毎日部活とバイトと道場をハシゴしている。課題もたくさん出てるようだが、どうやら道場ででもやっているらしく俺はそれを見たことがなかった。
 実際、夏休みといっても俺との時間が増えたということはなく、まったく普段通りだった。好きな相手とは一分一秒でも長く一緒にいたいとか、そういうタイプではないらしい。可能な限りは傍に居たがるが、剣道を差し置いてまでではなかった。俺も、束縛されんのはクソ面倒だと思ってるし、まァいいっちゃいいんだけど。何か大会が近ェとかで、イキイキしてんのも可愛いしな。一年じゃ試合にゃ出れねェと思うんだが、純粋に剣をたくさん振れんのが嬉しいらしい。
 そんな感じで、何も変ったところもなく過ごしていた、ある日のことだ。
 俺はもはや習慣となったとおり、出勤時間を早めて賄いを作っては店の連中に食わせていた。食材を買って店に行き、事務所の李梨ちゃんにレシートを渡して精算し、厨房へ向かう。人数が人数なので大鍋料理が多くなってしまいがちだが、丼物とかもたまに作ったりする。火を入れるだけですぐに食えるようなもんじゃねェといけねェし、卵を使ったもんは無理だけどな。
 毎日、空になった鍋を見るのが嬉しい。李梨ちゃんが洗っておいてくれるんだけど、生ゴミまでは片付けてないから、俺が使ったそのままになっていればつまりは残さずみんなで食いつくされたってことだ。たまに人手が少なかったりで余るときは、もったいないと言って持ち帰りたがる奴らもいるらしい。光栄だね。
 立てかけてあるまな板を洗い、買ってきた食材を並べていたら、珍しくもサボり魔のオーナーがふらりとやって来た。何だかニヤニヤしている。
 俺は眉をしかめた。
「……ンだよ、シャンクス」
「おぅ、あのな。お前、昨日休みだったろ」
「あァ?」
 確かに昨日は俺は休みで、賄いだけ作って帰ったけど。
 そんなことは当然こいつも知ってることで、確認するような言葉の意味が判らない。
 ますます眉間にしわが寄る俺に対し、シャンクスはにやにや笑いを深くした。何だってンだ、一体。
「オーナーが来てたんだよ」
 オーナーって、ここのオーナーはてめェだろ。そう返そうとして、こいつが雇われだってことを思い出した。確か、どっかの大グループの重役サンが本来の持ち主だったか。
 とはいえ、会えなくて残念だったなァ、とでも言わんばかりの態度は、やはりよく判らない。が、その名を聞いて、俺は耳を疑った。
 嘘だろ。だってその人は今はもっぱら外国にいて――いや、ってゆーかこんなとこまで手ェ伸ばしてたんかよ、ってゆーか……だって、そんな。

「バラティエグループのゼフ!?」

 思わず叫んだ俺に、シャンクスは頷いた。
「お、やっぱ知ってんな」
「ったり前ェだ! ちっとでも料理に係わってて、その名を知らねェ奴はいねェよ!」
 包丁を取り落としそうになり、慌ててまな板の上に置く。
 料理界じゃ神のような存在のその男は、テレビや雑誌でもよく取り上げられているし、ほとんどの料理人同様、俺にとっても憧れの存在だ。それが、こんなところで関係してくるなんて、だれが思うだろう。
 しかも、シャンクスは更に続けざまに俺に爆弾を投下してくる。
「俺とあの人は、ちょーっとした縁があってな。実のとこ、この店は俺のために作ってくれたようなもんで――ま、たま〜に様子見にくんのよ。で、ちょうどお前の飯が残ってんの見つけてな」
「え、え?」
「感謝しろよ〜? 俺がゼフのおっさんに勧めてやったんだからよ」
「――っゼフが……俺の料理を……!?」
 俺は呆然とした。ふつーに暮らしてりゃ、雲の上の存在であるゼフが、俺の作った料理を口にした、なんて。
 そんなこと、本当にあり得んのか。
「ちゃんと学べば、楽しみな料理人だと――なかなか見どころあるってよ」
「ちゃんと――学べば?」
 それはもうずっと思ってたことで、でもその伝手がなくてどうしようもないってことを、シャンクスも知ってるはずだ。
「五年。それだけかけても芽も出ねェようなら放り出す。それが条件だそうだ」
 いつもはいやらしいとしか思えないにやにや笑いのシャンクスが、天使に見えた。
「やだ、シャンったら照れくさいからってそんな言い方」
「り、李梨ちゃん?」
 ひょいと顔を出した李梨ちゃんが、可笑しそうに笑う。
「サンジ君のこと頼むって、料理を食ってみてやってくれって、頭まで下げたくせにね?」
 もちろん、見どころがある云々は嘘じゃないわよ、李梨ちゃんはそう言い足した。
 余計な事を言うな、と小声で李梨ちゃんに怒鳴ったシャンクスは、何となくバツが悪そうに俺を見た。
「……あー……ま、ほとんど血がつながってないとはいえ、お前は俺の身内だからな」
 おじさんはこれでも心配だったんだよと、頭を掻きながらへらりと笑って言う。
 うっかり、抱きついてキスでもしたい気持ちになった。
 あのゼフに師事できる機会なんて、こんな奇跡みてェな縁がなきゃ出来はしなかっただろう。俺が改めて料理人を目指しだしたのとタイミングもぴったり、まさに奇跡だ。
「返事は八月中に、だとよ。それまでにあの子のこと、ちゃんとしとけよ。ゼフんとこ行くとなりゃ、国を離れることになんだからな」
 舞い上がってた俺は、シャンクスの言葉に冷水を浴びせられた気がした。

 

 

 ただいま、と当然のような挨拶とともに、にゃんこが帰宅した。さすがにもう、五回に一回は迷わず帰ってこられるようになった。
 早めに仕事を切り上げてきていた――二人ほどお客サマをお断りして、だ。今日ばかりは、シャンクスが気を利かせてくれた――俺が出迎えると、ぱっとその表情が明るくなった。
「おかえり。メシ、もうじき出来るぞ。先に風呂、入ってこい」
 ガキは嬉しそうに頷いて寝室へ向かい、下着を手にいそいそとバスルームへ入って行った。
 焼くだけにしておいた魚をフライパンに入れ火にかけ、隣のコンロに冷めかけたスープの鍋を乗せる。スープを弱火で温めなおしながら、手早くソテーを作る。ガキが風呂を出る頃には、テーブルにすべての料理が揃っていた。
 今日は道場には寄らずバイトからそのまま来ると言っていた奴はよほど腹を減らしていたのか、風呂上りのビールも飲まずさっそく手を合わせ「いただきます」と言って箸をとった。
 うまそうに頬張るその姿を、俺は自分では食うこともせずにただじっと見つめた。ふと顔を上げ、俺の視線に気づいた奴は、ぱっと赤くなり慌てて俯いた。いつまで経っても、好ましいその初心さは変わらない。
 可愛い可愛い、俺のにゃんこ。

 もしもこいつが、本当にただの猫だったなら、どこへでもさらっていけるのに。

 

 

 

 

      ――――NEXT

 



めっちゃ久々の更新ですみません(>_<)
ゼフさんの登場です(って、ちゃんと出てはないですけど)
最初から、お店のオーナーはゼフって決めてました。
だからサンジさんの過去があんなレストランなわけですね〜。
さらっていきたいけど、にゃんこにはちゃんと家族がいますからね。
まだ未成年ですしね。
サンジさんが素直にゼフに憧れてるのとか、ちょい恥ずいですけど(笑)
は〜、やっと終わりが見えてきました。ちらっと。
ちらっとかい(笑)
'09.07.27up


 

 

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