LOVELY BABY
〜12〜



 にゃんこの言葉じゃねェが、店を持つのはもちろん最終的に考えてはいる。が、ずいぶん料理から離れていたのは事実で、どこかで本格的な修行をしなければならないのが現状だ。
 とはいえ、コネも何もない俺にとって、それはなかなかに難しい問題ではある。
 ロビンちゃんやウソップに相談するのも、何だか気恥ずかしいというか……お得意サマにゃ、さすがにコックだのはいなかったしな。
 結局具体的にどうこうもできず、とりあえず店の賄いを作るだけで日が過ぎていった。
 ギンは毎日のように店に来るようになったし――元々、週に何日かくらいしか来ていなかったのだが――、大部屋の奴らも喜んでくれている。材料費だけは李梨ちゃんからもらっているが、それでも弁当やらを頼むよりは安上がりだと歓迎されてもいる。
 年も年だし、あんまり悠長なことを言ってる場合でもないが、これだけでも俺には嬉しかった。いつものお仕事だけじゃなく、ヒトを喜ばせられるというのは、遣り甲斐も出る。

 ガキは現在、試験中。
 試験期間には部活はできねェが、その分道場に通っていて、バイトも変わらずやっているので、実際試験中だからと言っても普段と変わらない。
 今日はお仕事は休みだったけれど賄いだけ作りに行って、どうせ独りで暇だし、どっかぶらつくかーと思っていたら、ケータイが鳴った。ディスプレイ上には、見たことのないナンバー。
 ケーバンなんか、シャンクスと李梨ちゃん、ウソップとロビンちゃんとあとはにゃんこくらいしか知らないはず。不審に思いつつ出てみれば、聞こえてきたのは可愛い女の子の声。
『サンジ、さん?』
 間違い電話ではないようだ。
 誰だろう、と思いながらも応えた。
「えー……サンジですけど。お名前をお訊きしても、レディ?」
『ナミよ。……覚えてるかしら、昨日会ってるのよ』
 何となく、ピンときた。この、気の強そうな物言い。昨日、というキイワード。
 にゃんこの友人の、あの少女だ。俺を、すごい目で睨みつけてきていた、オレンジの髪の美少女。
「あァ、もちろん覚えてるよ、ナミちゃん。よくナンバー判ったね?」
『あんな判りやすい迷子札持たせといて、よく言うわ』
 電話越し、少女の声は呆れているようだ。
 確かに、ガキのケータイにはストラップというには少々大きすぎる飾りが付いている。奴と親しい間柄の人間がその気になれば、そこに書かれている俺の名前なんて簡単に知れるし、奴のケータイを手にすることができれば、ナンバーを知るのも容易だろう。その辺、アイツ、無防備そうだしな。
『――今、お仕事中ってことないわよね。ちょっと話したいの。良いかしら?』
 俺は肩を竦め、言葉こそ伺う風だが有無を言わせぬ口調の彼女に、了承の意を返した。

 

 

 ナミと名乗った少女が指定した店は、昨日会った場所からあまり離れていない、小洒落たカフェだった。学生が多く、たぶん教師も頻繁に見回っているだろう、健全そうな通りだ。なかなか用心深い娘らしい。
 しかも、俺がカフェに着くと、すでにアイスコーヒーを飲みながら待っていた彼女の隣、巨大なパフェと格闘している黒髪のガキがいた。昨日、にゃんこと少女と一緒にいたチビのようだ。彼女はすぐ俺に気づいて軽く片手を上げたが、チビはパフェに夢中でこちらを見もしない。
 俺はにっこりと愛想よく彼女に微笑みかけ、二人のいるテーブルへと足を向けた。席に着くと、水を持ってきたウェイトレスにホットを注文する。結構、可愛い制服だ。いい店だな。
「こんにちは、サンジさん。呼び出してゴメンね?」
「気にしないで、キミみたいに可愛い子のお誘いなら大歓迎だよ♥」
「あら、無理しないで。女になんか興味ないんでしょ?」
 少女は笑顔で、牽制してきた。
 俺は苦笑するしかなかった。確かに性対象としては興味ないけど、女の子は好きなんだけどな、俺。その、隣でクリーム塗れになってるチビガキよりはよっぽどね。さすがにそこまでガキだと対象外だっての。
 俺の反応を気にするでもなく、少女は目を伏せ、ストローに口をつけた。溶けかけた氷が、カランと涼しげな音を立てる。
 そうして、少女は顔を上げ、まっすぐに俺を見た。
「用件は判ってるわよね。……ゾロのことよ」
 あァ、うん、他にはないだろうね。
 チビが、その名が出たとたん、パフェから意識をこちらに向けた。口は出さない。少女に、その辺りのことは任せているようだ。ただ、じっと少女と俺とを見ている。
「別に、男同士だからどうとか、そんなことを言うつもりはないわよ。でも、あなたは大人だわ。ほんの子供でしかないあいつを本気で相手にしてるなんて、悪いけど私には思えない」
 賢い子だ。本心はきっと、俺を詰りたいんだろう。それでも頭ごなしに否定はしない。
 少女の大きな目が、俺を射る。
「あいつのピアス。あれ、あなたでしょう? ケータイの待受も初期設定のまま、休みの日もしわくちゃのTシャツにデニムのあいつが、アクセサリーなんて。しかもピアス、いきなり三つもよ。絶対何かあったって思ったわ――そしたら昨日、あなたに会ったのよ」
「……」
「あいつがあなたを好きなのは、一目瞭然よね。でも、あなたは? あいつと同じほど、あいつを好きだと言える?」
「……それは、」
 俺は言葉に詰まった。好きだ、なんて本人にも言ってやっていない。そんな言葉を、軽い気持ちでこの二人に言っていいものか。
 少女の目は俺を射る。チビもまた、溶けたアイスを気にもせず俺の答えを待っている。
 俺は目を閉じ、ひとつ息をついた。
「それは、……キミに言うべきことじゃないよね」
 努めて静かな声でそう言うと、少女が今にも怒鳴りたそうに口を大きく開けた。が、それを遮るようにチビが声を上げて笑い出した。
 少女はチビをぎっと睨み、拳骨を頭に落とした。
「何すんだ、ナミ! こいつの言うとおりだぞ、ゾロとこいつの問題だ!」
「うっさいわね! じゃああんたは、こんないかにも水商売な男に、ゾロが騙されて、泣かされてもいいってゆーの!?」
 少女はそう怒鳴りつけながら、自分が泣きそうだ。俺は罪悪感を感じて、口を開いた。
 彼女の危惧は、杞憂ではない。少なくとも、奴と出会った当初の俺だったら。
 だけど。
「ゴメンね、ナミちゃん。あいつの人生に責任持つなんて、俺には言えねェ。けど、騙してなんかねェし、今日明日ポイ捨てする気はねェから」
 少女は、大きな目を揺らした。

 

 

 

 

      ――――NEXT

 



す・すいません、こんなとこですが続きます…。
ちょっと長くなっちゃったので、いったん切っときます。
とはいえ、ナミさん&ルフィとの会話は、もうそんな長くないですが。
番外小話『その関係』の翌日、です。
ナミさんVS(?)サンジさん、はどうしても入れたかったのです。
このナミさんは、別にゾロたんを恋愛感情で好きなわけではありません。
あくまで友情です。つか、姉弟愛っぽいかも?(笑)
サンジさんに『ナミちゃん』、ナミさんに『サンジさん』と呼ばせるのに、
めっちゃ違和感がありました…(苦笑)
'09.06.15up


 

 

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