INSANE FEAST

  −7−

 

 火影の執務室の中は、重苦しい空気で満ちていた。
 そこにいるのは、たった三人の忍び。そして、一頭の忍豚だけだ。

「あの結界は、そこらの下忍や中忍に作れるもんじゃあないね」

 現場に赴いた五代目火影は、ほんの微かな残留チャクラでそう断定した。額を押さえつつ、低い声で言う。
 忍豚を抱えて傍に控えるシズネも、伏し目がちだ。
 カカシは、重い口を開いた。
「―――術者に、心当たりがあります。以前同じ任務に私の部下として就いた。今は確か特別上忍の――」
 その名を告げると、火影はますます眉間の皺を深くした。
「そいつなら、今朝方連絡が入った。――死んだとな。Sランクの任務だった。里を出たのはおまえよりも半日ほど後。死亡時刻は、おまえが里に帰ったとほぼ同じ頃だよ」
「なるほど。それで俺は、結界を簡単に破れたんですね」
 術者が死んだために、維持力が弱まったのだろう。あるいは、始めから日数限定だったのかもしれないが。
 カカシの声は、淡々としている。
 火影は、ちらりとカカシに目を遣った。わずかに気遣うような色を浮かべたまなざしに、カカシは苦く笑った。
「すみませんね」
 火影は溜め息をつき、ちいさくかぶりを振った。
「おまえの処分は、今――上層部が検討中だ。おまえはこれまでよくやってくれたからな。極刑は免れるだろうよ」
 追って報せる、そう言って手を振る火影に、カカシは無言で一礼した。自宅待機を言い渡され、執務室を後にする。
 余計な心労をかけたと、彼女には申し訳なく思う。しかし極刑を免れると聞いてもわずかも心は安らがない。
 自分は、同じ里の仲間を三人も手にかけたというのに。人であったことさえ疑うような無残な姿にしたというのに。写輪眼、この目のために、特別措置を受けるというのだ。
 あの男たちを手にかけたことには、後悔する気持ちはない。だが。

 術者――おそらくは首謀者でもあるだろう――のことを思い出す。
 手ひどく傷つけ、突き放すけれど、カカシは自分に想いを寄せてくれた者を忘れたことなどない。名も、顔も。いつ、どのように告げてくれ、自分がどう断ったのか。すべて覚えている。
 彼が、イルカを傷つけようとしたのなら。それは間違いなく自分のせいだ。
 因果応報――そんな言葉が浮かび、思わず自嘲する。
 彼を傷つけた自分。その自分の恋人であったがために、謂われない暴行を受けたイルカ。そして――――。

 

 カカシは、足を木ノ葉の療養所に向けた。
 ここにはイルカがいる。会うつもりはなかったが、一目その顔を見たいと思ったのだ。
 緑に溢れた中庭。聞いた話では、この時間なら、そこに。
 木陰から窺おうとして、白い服を着てぼんやりと立ち尽くしていたイルカと目が合ってしまう。
 真っ黒な瞳は、驚くほど澄んでいた。あまりにも綺麗で、カカシはとっさに動くことができなかった。
 イルカは、子供のように邪気のない笑みをカカシに向け、言った。

「あなたは、だれですか?」

 ―――それは、意識を取り戻したばかりのイルカにも、問われたことだった。
 切り裂かれたように痛む胸を堪え、カカシは微笑んで見せた。

「カカシ、ですよ――イルカ先生」
「かかしさんですか。おれのなまえ、ごぞんじですね」
「ええ。……よぅく、知っていますよ」
「かかしさん。またきてください」

 にっこりと笑って手を振るイルカ。
 だが、次にカカシがここを訪ねることがあったとしても、イルカはまた同じ問いをカカシに投げかけるだろう。

 あなたは、だれですか?

 ああ、でも――イルカを壊したのは自分だ。上忍でありながら、あの光景を目にした瞬間、抑えが利かなくなって。
 イルカの目の前で、同胞を。
 イルカの症状を伝えてくれたのは、元教え子のサクラだ。あまりにも強いショックを受け、脳に異常を来しているらしい、と。
 イルカとて中忍、惨殺死体を見たくらいでそこまでショックを受けることはないだろう。イルカが正気に戻らない限り、詳しい原因は判らないままだ。
 だが。

「……カカシ先生……」

 サクラが、躊躇いがちに呼びかける。
 それに、カカシは力ない笑みで応えた。
「サクラ。……イルカ先生のこと、よろしくね」
「……はい」
 しっかりと頷く少女に、今度は柔らかく微笑んで。
 カカシは、陽だまりの中庭に、背を向けた。

 

 カカシの『イルカ』は、もうどこにもいない。二度と、会えない。
 医療忍術のスペシャリストである五代目火影自ら、回復は望めない、絶望的だと診断している。
 それは他ならぬカカシ自身のせいなのだけれど。
 現実から逃れるためなら、いっそ極刑に処されてしまいたいと――――
 カカシは背を丸め、自宅へと再び足を向けたのだった。

 

 

――了

 



えっ、終わり!?
…そんな声が聞こえてきそうです…(^^ゞ
間違いではありません、ここで完結なんです。
長編ってわけでもないのに、やたらと長かった(>_<)
ひとつ、肩の荷が下りた感じです。
予告どおり、後味のたいそうよろしくないお話でした。
イルカ先生は、ずっとこのままです。治りません。
カカシ先生はSSランク任務に就くことで罪を償うことに。
結局最後まで、「カカイル??」な話になってしまいました(苦)
待っていてくださった方、本当に申し訳ありませんでした!
'08.04.28up


 

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