INSANE FEAST

  −1−

 

 男がカカシと出会ったのは、三年前のことだった。
 当時まだ中忍だった彼は、カカシの部下としてAランク任務に就いていた。三人一組の仲間は皆中忍で、ランクはAだが実際は『写輪眼のカカシ』の名が必要なだけの、レベルはBランク以下の任務。多分、中忍である三人のみで充分こなせるだろう。
 噂でしか知らなかったカカシに、元々憧れを抱いていた彼は、通常ならばありえない幸運に喜びを噛み締めた。レベルが違いすぎて、おなじ任務に就くことなど今後あるとも思えない。今回メンバーに選ばれたことに、天に感謝したい気持ちだった。
 一週間の任務中、仲間思いなカカシのあたたかさや厳しさに触れ、ますます惹かれた。顔のほとんどを額当てと口布で隠していたが、近くで見ればその顔立ちが整っていることは知れたし、唯一表情を覗かせる右目が笑みに細められると、胸が苦しくなった。彼の瞳に自分だけを映して欲しい、そう願うまでに時間はかからなかった。里に戻る頃には憧れは恋情へと姿を変えていた。
 手が届かぬ相手だと知っていた。だから、彼に少しでも近づきたい、相応しい存在になりたいと、その一心で己を磨いた。得意だった結界忍術を伸ばし、その能力を認められ、二年の後特別上忍という階級を与えられた。
 充分だとは思わない。だが自分はこれ以上上を目指すことは無理だ。そう思ったから、里外任務から戻ってきていたカカシを呼び出し思い切って告白した。応えてもらえなくとも、想いを知ってほしかったのだ。
 だが、その結果は彼の想像以上に残酷なものだった。

「悪いけど、俺、男相手に突っ込む趣味も突っ込まれる趣味もないから」

 ってゆーか、アンタ誰? と、無表情な目を向けられて、男はカカシの前から逃げ出した。里にいることさえ辛くて、そのまま火影の元へ行き長期任務に就きたいと直接頼み込んだ。そして、数日後に遠い異国へと発つ隊に急遽入れて貰えることになったのだった。
 振られるにしたって、あんな言い方をされるなんて。自分を覚えていなかったカカシの、感情のない冷たい目。ただ悲しくて、泣きそうだった。いっそ消えてしまいたいと思うほどに。
 それでも想いは消えなくて。里を離れてもカカシを思い出しては、自分が女だったら、そんなことさえ考えてしまうほどだった。

 

 

 それから一年後、男の隊は任務を無事に遂行し里へ戻ってきた。
 カカシへの想いはなくならなかったが、緊迫した任地に身を置くうち、手酷く失恋した痛みは少しずつ癒え始めていた。これからは遠くから想うだけで満足しようと、己には所詮手の届かない人なのだと、一年の間に踏ん切りをつけたつもりだった。
 帰還した男は、しかしすぐに信じがたい噂を耳にすることになったのだ。

『はたけカカシが、中忍の男を寵愛している』

 そんな馬鹿な、と笑い飛ばした。だって、自慢ではないが自分は顔立ちなら下手なくのいちよりも整っている。その自分が『男だから』と言う理由で拒まれたのに。
 しかもさらに聞いてみれば、寵愛を受けていると噂される中忍は、内勤のアカデミー教師で、容姿も十人並み、いや顔の真ん中におおきな傷があってそれ以下。どこをどう見たって、自分よりも勝っているところなど見つけられないような、ただただ平凡なだけの男だったのだ。納得などできるはずもない。
 馬鹿げた噂を信じたわけではなかったが、下忍担当の上忍師となったらしいカカシを、結界忍術の応用で己の気配を完全に消し去り後を尾行けた。男は期限をつけ制約すれば――それも三日までならば火影をも欺けるほどの結界を張ることが可能なのだ。
 二日、と期限を設定してみたが、必要なかった。その日のうちに、男は信じがたいその噂が真実であることを突きつけられたのだ。
 任務報告所を訪れたカカシが、顔のほとんどを覆い隠しているにも拘らずひと目でそれと判るほど、とろけそうな笑みを向ける相手。元中忍である男も、顔と名前は知っていた。アカデミー教師兼受付担当の中忍・うみのイルカ。三代目のお気に入り。
 イルカは、あろうことか終業までカカシを待たせ、ふたり連れ添って帰宅していった。本来ならばカカシには縁などないような、中忍寮へだ。狭くて汚い部屋に、カカシは躊躇いなく上りこみ、イルカの作った粗末な飯をとても美味そうに食べた。口布どころか額当ても、当たり前のように取り去られている。里内でも知る者などほとんどないと言われるその素顔を、惜しげもなく曝していたのだ。
 カカシは食事が済むと、イルカが後片付けをしている間に、慣れた様子で風呂場らしき場所へ向かった。しばらくして戻ってきた彼は、どうやら風呂を掃除していたらしい。そしてそのまま、汚い台所の洗い場に立つイルカに、後ろから抱き付いていった。
 もう、邪魔しないで下さいよ、と尖った声を出し肘で押し遣ろうとするイルカを、カカシは楽しそうに笑ってますます強く抱え込む。業を煮やしたように振り返ったイルカの唇に、戯れるようなキス。
 ――――それ以上、見てなどいられなかった。
 嘘だ、信じない。これは何かの間違いだ――――そう頭の中で叫ぶのに、けれど先まで目にしていた光景が紛れもない現実であることを、男は痛いほど理解していた。
 カカシさん、どうして。男はダメだって言ったじゃないですか。そいつの何が、俺に勝っていたというんですか。自分のものにならなくても、何人の女と関係を持っていても構わなかったのに。なのに、よりによって選んだ相手がどうしてそいつだったんですか。
 男は嘆き、絶望し、そしてある結論に辿り着いてしまった。そう――――イルカを、カカシの前から消し去ってしまえばいい。
 といって、文字通り存在そのものを消してしまえば、自分は罰せられ、イルカはカカシの中に傷として残るだろう。それはダメだ。そんなことは許せない。だから、例えばカカシがイルカを厭うように――あるいはイルカからカカシに別れを切り出させるように仕向けられれば。

「そうだ……、おまえなんか、カカシさんに相応しくないってことを、判らせてやる……」

 男はそう呟き、昏く薄笑った。

 

 

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二話目だけど、『1』。一話が『序』だったから…。
次回から裏仕様です。今回そこまでたどり着けなかった…OTL
『彼』に名前はありません。付けると、キャラが独り立ちしちゃうから。
…って、すでに暴走気味なのは何でだろー…(遠い目)
それ以前に、どんだけぶりの更新なんだよ!(半年以上です…)
ごめんなさいごめんなさい、万一待っててくれた方いたらスミマセンー!(>_<)
一応、次回はそんな先にならないようにしたいと思います。
ちなみにイルカ先生の部屋はきれいです。造りが古くて汚いだけで。
さあ、『2』は一体いつかなー?(いや、ホントもうここまで間は空けませんから…っっ)
'06.06.05up


 

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