プレゼント
世間様が旅行だ何だと浮かれている間も、ひたすらテニス三昧の日々。 だが、ぽかりと一日だけ。 29日だけが、休みになった。 「にゃ〜んで29日かなー。せめて子供の日とか休みにしてほしかったのに〜」 「良いじゃない、何日でも。休みは休みなんだしさ」 「おーいしー、29日どーすんの〜? 次の日誕生日でしょー前夜祭で集まる?」 「……フツー本人にそういうこと訊きます?」 「にゃ! こらおチビ〜、お前、ナマイキ」 「…………痛いっス」 「英二、あんまり越前を苛めるなよ」 「だってタカさ〜ん」 「こらこら英二。タカさんにくっつかないの」 「……ふ、不二先輩、怖いっス〜」 まだ一週間も先のことだと言うのに、部室では着替え中のレギュラーメンバーたちが貴重な休日の過ごし方を計画している。 途中から話を振られた大石が答える間もなく、菊丸を中心に盛り上がる彼らに、部長も副部長ももはや口を挟める状態ではない。 手塚は彼らの会話をしばらく呆然と聞いていたが、ふと、傍らで苦笑いを浮かべている大石をチラリと見遣った。 すると、大石はすぐに手塚の視線に気付き、顔を向けてニコリと微笑みかけてくる。 驚いた手塚は慌てて目を逸らしてしまう。その不自然さに大石が不思議そうにじっと見つめてくるのを感じたが、もう振り返れなかった。 今、菊丸が言い出すまで、大石の誕生日を忘れ果てていた。 実は29日は二人で一緒に手塚の家で勉強をする約束を以前からしていたのだが、その翌日が彼の誕生日だったなんて、まったく気付いていなかったのだ。 恋人の誕生日。それも、一年や二年の付き合いじゃない。恋人になったのは一年前だけれど、十年来の幼馴染みだ。 それなのに、今の今までスッパリと忘れていたことが、大石に対して申し訳ない。去年は、確か覚えていたと思うのだが。 だが、いくら今年はそれどころではなかったと言っても、あんまりな気がする。 否、まだ遅くはない。あと一週間。時間はまだある。 去年は付き合い始めて最初の記念日で、お互いに変に緊張していて何をするでもなく過ごしてしまったが、今年は何か、プレゼントをしたい。 大石は何を喜ぶだろう。 そんな考えに浸っていた手塚は、いつの間にか自分と大石以外の部員たちが一人残らず帰ってしまっていたことにも、大石に声をかけられるまで気付けなかった。
そして、一週間はあっと言う間に過ぎて。 結局、大石は菊丸たちの誘いを断った。不満そうな彼ら――主に、菊丸と桃城だったが――に謝罪と礼を言っているのを見て、手塚は胸の中が温かくなった。 大して重要なわけでもない自分との約束を、彼が大切にしてくれたことが嬉しかった。 大石はこうやって、いつでも自分を喜ばせることができるのに。 昨日今日の付き合いでもないのに、一週間悩み続けて未だに何も浮かばないなんて。 結局約束の日当日になっても思いつくことができず、大石が訪ねて来、互いに参考書を開いて勉強を始めても、手塚はひたすらプレゼントのことを考えていた。 今日でなくても良いのだ。大石の誕生日は明日なのだから。でも、準備もあるから、どうしても今日中には決めなければならない。 しかし、シャーペンを手にしたまま少しも動かずに考え込んでいる手塚に、さすがに大石もおかしいと感じたらしい。 「手塚? その問、そんなに難しいのか?」 声を掛けられ、手塚は思っていたことをそのまま口に出してしまう。 「大石は……一体何をあげたら喜ぶのか………」 「へっ?」 思ってもみなかった言葉に、大石が間抜けた声を上げる。 その声を耳にしてようやく我に返った手塚は、己の口走った内容に気付いて真っ赤になった。 「っ、う……あ、いや、そのっ……今のはっ」 誤魔化そうにも、口から出たのはどうやっても誤魔化しの利かないほどストレートな言葉で。 「……ここんとこずっと何か考えてると思ったら……もしかしてそのこと……?」 慌てる手塚に、大石はどこか呆然としたようにそう訊ねてきた。 仕方なく、手塚は真っ赤な顔のままコクンと頷く。 何てことだろう、今まで必死に悩んでいたことがまったく無意味なものになってしまった。 どうしても、大石には内緒で、明日までに何か用意したかったのに。 しかしここまで来たら開き直るしかない。手塚は顔を上げ、大石に訊ねた。 「何か、ないか? 俺に用意できるものなら、何でも言ってくれ」 真剣な表情の手塚に問われ、大石は少し首を傾げると、困ったように頭を掻く。 「う〜ん。……俺の一番欲しいものは、もうもらっちゃってるからなぁ」 「え……?」 きょとんとしている手塚に、大石は微笑んだ。 手塚の、大好きな表情。どきんと心臓が跳ねて、手塚は焦った。 「な、何だ? それは」 「手塚の、ココロ。……身体も、って言いたいけどね。まだ早いだろ。それは、いつかで良いから」 そうすると、今欲しいものってないなぁ。 そんなふうに言われて、手塚はこれ以上はないというほど真っ赤になった。湯でも沸かせそうな勢いである。 が、欲しいものがないと言うのは、困る。すごく。 「な……ないのか? 本当に、何も?」 ほとんど泣きそうな表情の手塚が可愛くて、大石は思わず笑ってしまう。いつの間にか、何が何でもプレゼントをしなければならないような気持ちになってしまっているらしい。 ――頼むから、そんな顔を見せるのは、俺だけにしてくれよ。 眼鏡の奥の瞳が潤み始めたのを見止め、仕方なく大石はう〜ん、と考え込んだ。 そして。 「じゃあ。手塚、キスして?」 「えっ!?」 「手塚の方から、俺に。してくれたことなかったろ? ……うん、そうだ、それをくれよ。手塚からのキス。欲しい」 「………っっ」 手塚はもう、何と返してよいか判らないように、ただ口をぱくぱくさせていたが。 やがて大石の隣に移動し、ぽふっと頭を彼の肩に乗せ、馬鹿、と小さく詰った。 次いでそれ以上に小さな声で呟かれた言葉に、大石は一瞬目を瞠り、すぐに手塚を力一杯抱き締めた。 ――――そんなもの、誕生日じゃなくたって……。 キスも、そうだけれど。 その言葉が何よりも嬉しいプレゼントだった、なんて――ちょっと恥ずかしくて言えないかもしれない。
うわーもーギリギリだぁ〜(泣) |