かたちではなく。
「イルカ先生〜、ねー、何かほしいモノ、ホントにないんですか?」
カカシは焦っていた。
何しろ明日は、いとしい恋人の誕生日なのだ。他の何よりも大切で特別な記念日なのだ。
それなのに自分は、いまだに彼に贈る品を決めかねているのだ。
大切な大切な恋人・イルカの欲しがりそうなもの。いくら考えても思い浮かばない。浮かんでくるものといえば、ラーメンだの寿司だのといった食べ物や、洗剤その他の日用品くらいだ。
だがさすがにそんな、いつでも買ってあげられるようなものがバースデープレゼントでは、あまりに味気ない。第一、そんなものは後々にまで残る思い出の品にはなりえないではないか。
かといって、女相手ではあるまいし、指輪など贈ろうものなら笑い飛ばされるか、さっさと質屋に持っていかれて換金されるのがオチだろう。
散々悩んで、どうにも思い浮かばなくてやむを得ず本人にお伺いを立てたのが、一週間前。
イルカの答えは、実に素っ気なかった。
『そんな下らないこといつまでも考えてないで、たまには食事の片付けとか風呂掃除くらいしてくださいよ』
そして、下らないって何ですかー! と抗議するカカシを置いて、イルカは食後のお茶を淹れに立って行ってしまったのだった。
それから今日まで、毎日、それも日に何度も冒頭の問いかけをしているのだが、イルカは「そんなもんありません」と言うばかりで、ちっとも真面目に応えてくれようとはしない。
だから今も、言われたとおり食器を洗いながら、カカシはもう何度目かもしれない問いを繰り返していた。
「形に残るものですよ? ねえ、何かひとつくらいあるでしょう?」
「ないですってば」
「イルカ先生〜……」
情けない声で振り返ったカカシは、いつもの呆れた顔ではなくどこか厳しい表情で、ちゃぶ台に頬杖をつき壁を睨んでいるイルカの様子に、驚いて一瞬息を詰めた。
しつこすぎたのだろうか。怒らせた? 慌てて蛇口をひねって水を止める。
「……イルカ先生……?」
恐る恐るの呼びかけに、イルカは応えてくれなかった。
形に残るものをプレゼントしたい、と彼は言った。
――――何で判んないかなぁ。
一週間前、何の気なしに言った言葉を律儀に聴いて、洗い物を終えたカカシは今風呂場で掃除をしている。別に本気でそんなことをしてほしいと思ったのではないのだけど。
明日は任務を休んで、七班の下忍たちと誕生日を祝ってくれるらしい。ナルトたちとゆっくり過ごすのも久しぶりだ。そして何よりもちろん、カカシも傍にいてくれる。
それが何よりのプレゼントだと、どうして判らないのか。
――――大体、形にして残したいなんて、何だか不吉じゃないか。
イルカは湯呑みを手に、溜め息をついた。
忍者は死んだら何も残らないし、遺せない。その死体も、骨のひとかけらも。家具や衣類など、生活してきた痕跡さえ。
今は下忍教官などをしているけれど、カカシは上忍で、いつ危険な任務に借り出されないとも言い切れない。そもそも、下忍たちの任務だって、ランクは低くても絶対に安全だとは限らないのだ。
里内でアカデミーや受付所に勤務しているイルカなどよりも、当然カカシのほうがずっと死に近いところにいる。
上忍としての任務を受けて彼が出かけていくたび、不安でたまらないと言うのに。
形に残るものを、なんて。まるで形見分けみたいじゃないか。
「イルカ先生? 風呂、準備できましたよ」
先に入ります? と声をかけながら顔を出したカカシを振り返る。先ほどのイルカの態度を気にしているのか、まるで機嫌を伺うかのようなどこか曖昧な表情だ。
それを見て、イルカは反省した。
形見分けだとか何とか、カカシにそんなつもりがなかったことくらい判っている。だから、さっきのはただの八つ当たりに近い。
一緒に入りますか、と引きつりそうになる頬を押さえて微笑えば、カカシは一瞬目を見開き、次の瞬間信じられないほどのスピードでいるかを抱えて風呂場へと直行した。
ベッドの中、イルカはぱちりと目を開けた。
数十分前眠りに就いたときのまま、自分を抱え込んでいるカカシのパジャマの裾を、きゅっと掴む。離れていかないように、離さないように。
そうしてようやく安心して、再びまぶたを閉じる。
明日。
もしカカシがまだプレゼントを用意しに出かけようとしていたら、こうやってずっと捕まえていてやろう。
枕元で、時計がカチリと鳴って日付が変わったことを知らせた。
――――――end
ぎりぎり間に合ったか!?
イルカ先生、お誕生日おめでとうございます。
いまいち甘くないような、微妙なものに仕上がりましたが。
ふたりはラブラブ、ということで(??)
'04.05.26up
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