彼女が身に着けた上品な香りは、俺には少し控えめすぎたけれど。 レディに、恥をかかせるわけにはいかないからな。 賭けに花のフレグランスサンジを迎えたのは、この船の優秀な船医。 「おう、チョッパー。船番ご苦労さん」 「おかえり、サンジ。早かったな。みんな、まだ戻ってねェぞ」 読んでいた医学書を再び手に取るチョッパーの帽子を、ポンポンと軽く叩いてやる。 と、 「あれ? サンジ、何かいい匂いするぞ」 チョッパーが青い鼻をひくつかせ言う。 「え?」 「花みたいな、いい匂いだ。どっか、花畑の近くにでもいたのか?」 「……ああ。とびっきり美しい花だったぜ」 サンジは笑い、そんなに匂うか?と訊いた。チョッパーは、ううん、と首を横に振り、 「俺、鼻がいいからな。でも、人間だったらよっぽど近づいても判らねェかもしれねェくらいだぞ」 「そか。サンキュ」 サンジはもういちど優しく、チョッパーの帽子を叩いてやった。
鼻歌混じりに男部屋に向かう。 そこには、もうひとりの船番がソファの上で暢気にイビキをかいていた。 ずいぶんと無防備に思えるが、チョッパーもいることだし、何かあれば瞬時に目を覚まし戦闘態勢に入る。この男がこうして寝こけているのは、平和な証拠だ。 もっとも、このあと嵐になるかもしれないが。 そっと屈み込んで、キスをしようと唇を寄せる。と、触れる寸前で男――ゾロが目を覚ました。鋭いまなざしが、サンジを射抜く。 サンジは構わず、くちづけた。 形の良い眉が寄せられ、すぐに不快気に眉尻がつり上がった。胸を強く押され、引き剥がされる。 「……女、抱いてきたのか」 「ん? ……ああ、久しぶりの陸だからな。聞いて驚け、今回は逆ナンだぜ。上品な感じのお姉さまで、脱いだらナミさんほどじゃねェがかなりのダイナマイトバディ、ストレートロングの黒髪がそりゃもう似合って――」 べらべらと今日の相手への賛美を連ねていると、ゾロの目つきが一層鋭くなった。 「んなことァ聞いてねェ。女とヤってきたんなら、俺にこんなことする理由ねェだろうが」 サンジは首を傾げてみせ、 「何で。レディとてめェじゃ別モンだろ。女性の肌は堪能してきたから、今度はてめェを食わせろよ」 睨み据えるまなざしも気に留めず、そう言って手を伸ばしたら、いきなり殴りつけられた。加減のない拳に、サンジはよろけて尻餅をついた。 「……ってェな! 今更もったいぶるモンでもねェだろ!」 「うるせェ! その匂い、嫌いだ。消えるまで俺に触んじゃねェぞ!!」 サンジの抗議に怒鳴りつけて返し、ゾロは男部屋を出て行った。バタン、と叩きつけられるように閉まる扉。ドカドカと甲板を踏みつけるような足音が響き、小さく、チョッパーの驚いた声が聞こえる。 独り残されたサンジは、やがてたまらず笑い出した。 殴られた頬が痛む。けれど、そんなことはどうでもよかった。 ゾロの目の中に、怒りに紛れて傷ついた色を見つけてしまったから。 「消えるまで触るなってのァ……香りさえなきゃオッケーってことじゃねェか。判ってんのかね、アイツ」 それは、ずいぶんと分のない賭けだったのだ。 判っていて、それでもどうしても、ゾロとの名前のつけられない関係を変えたかった。 チョッパーでさえすぐには気づかないような、微かな移り香をわざと残して。 あいつが、気づくか。 どう、反応するか。 結果は、想像以上にサンジにとって都合のいいもので。
「俺の勝ちだ。……さっさと堕ちてこい、アホ剣士」
認めろよ、俺に惚れてると。 行きずりのレディとのオアソビの、わずかな名残さえ許せないのだと。 そうしたら。 お前だけを、逃げ出したくなるほど思いっきり愛してやるから。
――――END
妬くゾロ、というより妬かせるサンジさんを書きたかった(笑) 夢見すぎですか。そうですか。 いいんです。サンジさんは策略家なんです。策を巡らせて絡め取るのです。 そんで、実際にレディとイタしちゃうところがサンジさんです(爆) サンジさんの女好きは、やっぱ外しちゃいけませんもんね。 ゾロ一筋、浮気はしないと誓っても、メロリンはするでしょう。 だってサンジさんですから!!(…) つくづく思うのですが、桃木、気障が似合う攻が大好きです。 '08.02.11up
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